真夜中の道を、ひたすら車が走る。
イヅルは市丸の隣に納まって、遠く浮かぶ月を眺めていた。
今日は長い一日だ。
しかもまだまだ明ける気配はない。
何処へともなく走る車は、混沌とした闇に強いライトを灯して、真実まで走り続ける。
その先にイヅルの運命も共にある。
「イヅル」
市丸が呼んだ。
「はい」
「これから行くトコな、まだ1時間は掛かりよる。暇やろ? 昔話したるわ」
「はい」
昔、山本財閥の運営するバイオテクノロジーの研究所に、一人の天才生物学者が居た。
彼の名前は浦原喜助。
元SS学園の卒業生であり、同じく卒業生の四楓院夜一の同級生であり、幼馴染みである。
彼はSS学園卒業後、在学当時から研究していた新種のウィルスの研究を続ける内、ある二つの可能性について発見した。
一つはある種の特別な細胞異変に対して、抑制、沈静、回復作用が認められたこと。
そしてもう一つは、特別な方法で培養すると、強い毒性を持った危険なウィルスに変化すること。
この二つの発見に浦原が至った時、彼には涅マユリというパートナーが居た。
このウィルスの有用性は医療、軍事の両面において垂涎されるものであるのは一目瞭然であった。
そんな折り、涅が某国の軍部と密会をしていたという情報が浦原の元に届き、彼は見事な手捌きでこれらの情報を闇へと葬り、自身も姿を消したのである。
その後、涅が血眼になって浦原を探したのだが、結局彼は見付けられず、ばらばらに闇へと消えたデータは永久に消え去ったと誰もが思っていた。
しかし、涅と同じく浦原を探していた山本は、ある時、浦原の消したはずのデータの一部を、藍染惣右介が入手したという情報を手に入れた。
そこで現SS学園の若き天才、市丸ギンに、藍染と浦原の繋がりがないかを調べさせ、あわよくばデータの回収、浦原喜助とのコンタクトを依頼したのである。
そこで市丸は、まず彼の行きつけの店で偶然を装い藍染に取り入り、彼の動向を窺っていたのだが、昨年の暮れ、浦原から藍染へ、データの受け渡しの要求が届いたのである。
藍染はデータを餌に、浦原をも取り込み、この新薬で新たな事業を展開する事を欲望していた。
故に山本に残る浦原の研究に関わった一切の情報を求め、春先にその入手に成功した。
もちろん盗まれたデータには大がかりなトラップが仕掛けてあり、藍染が朽木ルキアの存在を知った時には、彼女は既にSS学園で理事長の監視下に置かれていた。
そして彼女の生体データを狙いつつ、浦原との取引を目論んでいたのである。
もちろんそれを見逃す市丸様ではない。
早々に藍染と浦原の繋がりに気付いた彼は、藍染からデータを取り返すと同時に、浦原の潜伏場所を探り当て、そのコンタクトに成功したのだ。
「どうやって副理事からデータを取り戻したんですか? どうやって浦原さんの居場所を突き止めたんですか?」
イヅルが当然の質問をするのに、市丸はにやりと笑ってイヅルの耳元で囁いた。
「どっちも企業秘密やねん」
そしてチロっと舌で、形のいい耳を舐めた。
「やっ……っ」
イヅルは真っ赤になって耳を押さえ、市丸は満足そうに笑う。
「イヅルの旦那様はめっちゃ優秀な男やねんで」
確かに優秀である事は認めつつ、イヅルは同時に我が侭で聞かん坊でエロエロ大魔王な市丸に、惚れた弱みと涙目で睨んだだけに留めた。
辿り着いた先は山本元柳斎重國のお屋敷だった。
山の中にある訳でもないのに、敷地の中に背の高い木が何本も植えられているため、まるで異世界。
映画張りに吸い込まれた豪奢な門、屋敷前の立派な池、どれを見てもイヅルの腰は忙しなく浮いた。
しかし市丸は慣れたように、先に吸い込まれた浦原、夜一に続いて屋敷の扉をくぐる。
イヅルは慌ててその背を掴んだ。
「どうぞこちらへ」
市丸とイヅルが案内されたのは浦原、夜一とは別の客間だった。
青畳の香りが漂う広い和室に、高そうな座卓、高そうな座布団(かなり厚い)、高そうな掛け軸、高そうな壷が設えてある。
女中らしい落ち着いた女が、イヅルと市丸にお茶と茶菓子を置いて下がった。
落ち着かないまま、イヅルはキョロキョロしていたが、市丸は慣れた様子で足を投げ出して、今にも寝転がりそうだ。
「…………市丸さんは、よく来られるんですか?ここ」
イヅルが不審がるのに、市丸は「んー」と欠伸混じりの返事を寄こす。
「この部屋に来る訳やないけど。大丈夫や。イヅルも何回も来とったらすぐ慣れる」
―――何回も来る事なんて無いと思う。
イヅルの胸中を察したか、市丸は首を傾いで笑った。
「イヅルには早よ慣れて貰わなあかんねやから、そない緊張してたらあかん」
イヅルが眉を寄せるのと、襖の向こうから呼びかける声が重なった。
「市丸様、白哉様がお見えです」
「ん。入って貰って」
襖越しの気配が一度遠離ると、次いで何人もの足跡が近づいてきた。
襖が引かれる。
最初に顔を出しのは白哉だったが、次いで顔を見せたのはルキア、一護、雨竜、そして恋次。
イヅルは絶句したが、恋次はこちらを指さして喚いた。
「吉良っ、お前っ、市丸とぐるだったのかっ!?」
ぐると言えばぐるだが、ついさっきぐるになった身では微妙に優越感は持ち得なかった。
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やっと合流。そして事件の真相はほぼ解明。
最後は勿論全員ハッピーエンドなので、心軽く進んじゃって下さい。