広い客間は七人が座っても大して息苦しくもならなかった。
恋次がうるさくイヅルに構うので、市丸がイヅルを膝の上に抱きしめて座ったが、白哉は気にせず神妙な顔で口を開いた。
「市丸、父上とお前はどういう繋がりがあるのだ。今回の顛末、如何に説明するつもりか?」
白哉達に、山本老の屋敷まで来るようにとメールしたのは市丸だった。
屋敷に着くなり、矢継ぎ早に事情説明を受けた白哉達は、すっかり騙された気分だった。
咎めるような口調にも、市丸は飄々として答える。
「理事長はんもせっかちさんやなぁ。もうちょっと待ったら山本の爺さんも来はるんやから、それまで野暮言わんといて下さいよ」
白哉は一瞬黙ったが、据える視線の凄味は消さずに質問を続けた。
「貴様は窃盗犯が藍染と知っていたな? 今、奴は何処にいる?」
今度の質問には、市丸は愉しそうに「あー、それはなぁ」と懐を探る。
取り出したのは一枚のCD-Rだった。
「ここにあの人の弱点と、質問の答えが入ってますわ。ま、好きな時に観て下さい。多分めっちゃ笑いますけど」
と、白哉に差し出す。
そこへまた襖越しに、山本老の来訪を知らせる声が掛かった。
白哉の返事に襖が引かれ、老いて尚消えぬ凄味を見せる山本元柳斎重國が姿を現す。
上座に納まった山本老はまず、市丸が差し出した幾つかのディスクと書類を受け取った。
「ご苦労だった。ギン」
市丸に労いの言葉を掛けると、次いで白哉を向き直る。
「話は聞いた。石田雨竜というのはその小僧の事か」
雨竜は緊張に強張った顔で半擦り、背後へ下がると額を付けて詫びた。
「この度の数々の失礼、大変申し訳ありませんでした」
「うむ。もう良い」
山本老が白哉に手振りで頭を上げさせるよう指示し、雨竜は悄然と顔を上げた。
「お前の姉の事も白哉より聞いた。お前も、お前の姉も、これより咎める事はせんと約束しよう」
「っ……ありがとうございます」
再び畳に額を付けた雨竜に、事情を知っている全員が小さく「良かったな」と呟いて面を上げさせた。
「しかし」
今度は市丸に向き直った彼は、何処か悪戯そうな目をして言った。
「藍染については、こちらの良いようにさせてもらう」
結局、藍染がどうなるのか分からない雨竜達は、訳知り顔で同じくにやつく狐顔を訝しむ。
次いでルキアに目線を向けた山本老は咳払いを一つ、「朽木ルキアに関しては、山本の家に入る事を許す」優しい眼差しを投げかけた。
「今回の事は、藍染、浦原、そして我が山本のどれもに責任のある事件じゃ。巻き込まれた者達には儂からも詫びよう。そして白哉、ギンには多大な苦労を掛けさせた。何か儂に願い出たい事はないかの?」
「一つ。浦原が山本に戻った今、例の新薬の開発を再開し、井上昊を治療させて頂きたい」
白哉が述べるのに、ルキアが「兄様」と感極まってその手を握った。
一護と恋次は、雨竜の肩をそれぞれ叩いて、「良かったな」と涙目で笑った。
イヅルも事情を教えて貰っていたので、潤んだ瞳でにっこりと満面の笑みを湛える。
「うむ。直ちに開始させよう」
そこへ市丸が手を挙げた。
「ボクも一つご褒美欲しいんやけど」
「うむ。何を望む?」
山本老が訊くのに、白哉が割って入った。
「父上、一つお聞かせ頂きたい。市丸と父上はどのような繋がりにあるのですか?」
妙な沈黙の後、ややあって山本老は口を開いた。
「儂の妾の息子じゃ。教えておらなんだかの?」
「…………存じませんでした」
えー!?、とか、うそー!?、と言う悲鳴を背負って、白哉は眉間に皺を寄せて目を瞑った。
苦悩しているらしい。
「山本の籍に入れと何度も言っておるのだが、こやつは頑固に聞き入れん。白哉、お前からも言ってやれ」
「はぁ」
白哉としては心中複雑だろう。
だがもっと複雑な気分を味わったのはイヅルだ。
「い……市丸さん?」
山本老が入ってくる前に、市丸の膝から逃げていたイヅルも限界まで目を見開いて、市丸を見つめた。
市丸は読めない笑顔のままイヅルの頭を撫でる。
「そろそろボクのお願い言うてもええやろか?」
「うむ。何を望む?」
再び山本老が促すと、あろう事か市丸は隣に座るイヅルを膝に抱き上げ、羽交い締めにして言った。
「ボクとイヅルの結婚を認めて下さい」
無音の阿鼻叫喚。
白哉でさえも顔が引きつっている。
市丸はお構いなしで言い募った。
「イヅル以外に欲しいもんはありません。この子がおれば、ボクはなんも要りません。せやからイヅルとボクの結婚を認めて下さい」
イヅルは顔面蒼白で気を失う寸前だ。
「しかしその小僧、男児に見えるが、男同士で結婚はできんだろう」
気付けば山本老だけが冷静だ。お茶を啜っている。
「はい。せやから式なり籍なりはまたおいおい考えますけど、取り敢えず山本元柳斎重國ゆうお方の了解が欲しいんです」
「うむ。分かった。お前と、その小僧……名前は何という?」
「はっ」
イヅルは死の淵から一気に現実に帰った。
しかし目は回っている。
「きっ……きら、きら、吉良イ、……吉良イヅルです」
「うむ。市丸ギンと吉良イヅルの交際、及び将来の結婚を認めよう」
混沌の闇を抜け、ひたすら走った光の先には、イヅルにとって、とんでもない運命が用意されていた。
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全部の黒幕は山本さんであり、ギンでありました。
意外と白哉は掌で踊っていただけです。ふふ。
ここ、ギンイヅサイトですから♪