長い夜が明けて翌日、イヅルは昼食を取りに恋次、雛森と共に食堂に来ていた。

昨日の擦った揉んだの後、寮に帰ってきたのは明け方で、イヅルも恋次も睡魔に襲われていたが、雛森は一人元気だった。

「吉良君、阿散井君、どうしてそんなに元気がないの?寝不足?」

キラキラの瞳で訊ねる雛森は、いつにも増して肌も綺麗で元気溌剌のようだ。

「うん……まぁ。昨日眠れなくて」

「悩み事?」

「まぁ」

イヅルが曖昧に濁すのに、雛森はウィンナーの刺さったフォークを顔面に掲げながら言った。

「駄目よ、吉良君。青春は短いんだから、存分に謳歌しないと!! 吉良君には市丸会長って言う素敵な恋人が居るんだから、今晩襲ってスッキリしちゃいなさい!!」

イヅルは耳を疑った。

「な……なんで……」

「ああ、恋人の事? 昨日市丸会長が散々ノロケてたもの。吉良君てベットの上ではマグロなんだって? 駄目よ。積極的に楽しまないと、そんなだからいつも顔色悪いのよ」

イヅルと恋次は共に気絶したい欲望に駆られた。

「それに市丸会長には私、借りが出来ちゃったから、吉良君今度参考になりそうな本とか貸してあげるよ」

何の本を貸す気だと、突っ込みたいのを飲み込んで、イヅルは訊くべき事を訊いた。

「市丸会長に借りってなに?」

「ふふ、素敵な奴隷……じゃない、素敵な恋人を紹介して貰ったの」

満面の笑みで答える雛森に、イヅルは昨夜の記憶が甦る。












当然のようにイヅルの部屋に一緒に帰ってきた市丸は、寝間着に着替える途中、名刺のような物を落とした。

それをイヅルが偶々拾い何の気なしにそこに書かれた文字を読んで固まった。

『SMクラブ 砕蜂』

イヅルの様子に気付いた市丸が、慌ててそれを取り上げたのだが、読んでしまった後では意味がない。

「ちゃうちゃうっっ!!!!誤解や。絶対違う。ボクの趣味やないでッ!!イヅル!!!」

市丸がぶんぶん首を振って否定したが、イヅルはその日、ショックが重なり過ぎて頭が麻痺していた。

だから訊けたのだろう。

「じゃあ誰の趣味なんですか?」

「藍染副理事や」

その後の記憶がない。

多分鷹揚に気絶したのだろう。



イヅルは目の前で微笑む雛森に、まさか相手は藍染副理事ですかと、訊く勇気はなかった。














「恋次がおかしいんだ」

アルティメットクラス二年生の教室では、修兵と乱菊が机を並べてパンをかじっていた。

「恋次ってあの一年の赤髪くん?」

「ああ」

修兵は今日、まだ夜も明けきらない早朝に、警鐘のごとき連打ノックで目を覚ました。

「誰だこんな朝っぱらからっ!!」

怒りにまかせて寝ぼけ眼で開いたドアから、恋次がばったりと倒れ込んできた。

「恋次? お前、どうしたんだ?」

具合でも悪いのかと思い、部屋に連れ込みベットに寝かせると、「あり得ないッスよ。あり得ないッス」と繰り返し呟いている。

正気に戻れ、とつい頭を叩いた修兵に、やっと恋次の焦点が定まる。

「先輩、俺は先輩の事が好きなんです。大好きなんです。先輩だけなんです」

突然告白の嵐をしたかと思うと、

「先輩の事見てるとちょっとむらむらしたり、ちょっと下の方が元気になっちゃったりするんですけど、俺は先輩よりずっと年上の男相手にそんな気分になったりはしないんです。そりゃちょっと綺麗な顔はしてるかも知んないッスけど、俺は断然先輩の方が好みなんです。先輩が良いんです。先輩じゃないと俺は勃ちませんっ!!!」

恋次が言い終わると同時に、修兵は恋次のみぞおちに一発、意識ごと黙らせた。

「へぇ。あんたって受なの?」

「いや。つか俺は野郎なんてお断りだぜ」

修兵と乱菊の間に妙な沈黙が流れる。

「それであんたよりずっと年上の綺麗な顔の男って誰?」

「さぁ」

乱菊は「ふ〜ん」と、サンドイッチを囓りながら、一年生アルティメットクラスのなんちゃって高校生、朽木白哉を思い出していた。

昨日、市丸、イヅル、白哉、ルキア、一護、雨竜、恋次の不在は日番谷が寮内のセキュリティに侵入して確認済みだ。

乱菊は会計室で、日番谷に核心めいた質問を受け、自分と市丸が幼馴染みである事から知っていた幾つかの事実を日番谷に教えた。

市丸ギンが、山本元柳斎重國の妾腹であること、朽木白哉は腹違いの兄に当たる事。

山本老は殊の外、市丸を気に入っていて、色々と面倒ごとを言いつけてくるので、市丸が鬱陶しがっていた事。

日番谷はこれらの事から、簡単に事件の真相を推測してしまった。

「でも何でその新薬開発者である浦原喜助の潜伏先が、幼馴染みの夜一先生の所だって分かったのかしら」

乱菊が不思議そうに訊ねたのに、日番谷は苦々しげにパソコンを指さした。

「ホシが学内にいれば、色々と打てる手もある。さっき市丸の野郎が聴いていたヘッドフォン、画面に細工はしてあったが、十中八九盗聴だろう」

本当にあの男が背中から刺される日は近い気がする乱菊だった。







「イ〜ヅゥ〜」

放課後になると、今日も一年アルティメットクラスには、市丸生徒会長の声が木霊する。

「さあ、今日も張り切ってお仕事しよなぁ」

そう言ってイヅルを引きずって帰るのだが、市丸が生徒会業務など殆ど放りっぱなしで、厄介事に携わっているか、はたまたそこいらでイヅルが見付けてくれるまで昼寝をしていたりするかのどちらかであることは、イヅルだけが知る事である。

市丸の後ろを三歩下がって、半ば諦めの表情で歩くイヅルは口を尖らせる。

「会長、本当に今日はお仕事なさって下さいね」

「んー……イヅルにそう言って欲しいて、つい仕事溜めてまうんよ」

「何ですかそれ、僕の所為ですか」

「そうやも知れん。ボクはイヅルの『お仕事して下さい』聴くと安心すんねや」

「はぁ? 僕は真剣なんですけど」

「ええ、ええ。からかっとんやないし。イヅルには分からんでええ」

市丸がふいに立ち止まり、イヅルを振り返る。

イヅルは同時に立ち止まって、何も言わずに市丸を見上げた。

「ボク、ほんまはイヅルんこと、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと前から知ってたんやで」

そう言ってまたふらふらと前を歩きだした市丸に、イヅルは小走りで付いていきながら、

「いつですかそれ」

言い返して、その背中を何故か懐かしいと思っていた。





Fin








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長い事、お付き合いありがとう御座いました。
またこの設定で、書ききれなかったちょっとした小咄を色々なカップリングで書きたいと思ってます。
本当に最後まで読んで下さった方、ありがとうございました<(_ _)>