「ちょっと待って下さいっ!!」
制服のズボンからシャツを引っ張り上げられるという、何とも情けない格好でイヅルは悲鳴を上げた。
「なん?」
市丸はシャツの端を掴んだまま、不思議そうに首を傾げる。
「どうしてここで寝るんですか? 大体一人で着替えられます。それにお風呂入ってないし、パジャマだって自分のがあります!!」
言い切ってから、イヅルは何だか上手く心境を伝えられなかったように思った。
ここは市丸の部屋である。
桜満開の四月、ドキドキわくわくの高校生活第一日目。
入学式に、クラス分け、新しい友達、初めての学食、そして何故か知り合った生徒会長、連れて来られた彼の部屋、突然持ちかけられた企み、秘密の誓約、そしてそして―――
「イヅルはボクの味方になるって言うたやん」
「言いましたけどっ」
「せやったらもっとボクのこと知って貰わなアカンやろ?」
「はぁ」
「一緒の布団で寝たら、人間、大体のことは分かり合えるもんやで」
「……何ですかそれ」
―――『貴方の味方になります』
高揚させた頬でそう言ったイヅルは、市丸の返事に呆気にとられた。
「ほな一緒に寝よか」
そう言って彼は、いきなりイヅルの制服のシャツを引っ張り上げたのだ。
市丸の思考回路は一体どうなっているのか。
抵抗虚しく、イヅルは結局すっかり引き出されてしまったシャツを、今度はボタンを外させまいと頑張る。
しかし市丸は異常なほど器用に、あっという間に首の第一ボタンまで外してしまった。
気付けばあったはずのネクタイもない。
「い、市丸さんっ!!!」
イヅルは焦って叫ぶ。
「怖ない、怖ない。ええ子にしてたら優しゅうしたる」
「何をですかっ!?」
肩を押されてベットに沈められ、ベルトがあっけなく引き抜かれた後は、ズボンのチャックに手が伸びる。
「ひっ」
さすがに怖くなって泣き声を上げたイヅルに、市丸は酷く楽しそうに喉元で笑った。
「大丈夫やって。いきなりヤッたりせぇへんよ。イヅルはブリーフ派やねんね」
「悪いですかっ!?」
「悪ないよ。イヅルにはこっちのが似合てる。ところでイヅル」
のし掛かる肩を必死で突っぱねながら、イヅルは急に真面目な顔になった市丸に困惑顔を向けた。
「はい?」
「イヅルは下着付けて寝る派ぁか?」
「はぁ?」
「そうかぁ。……んー」
急に考え込む目の前の傍若無人にイヅルは付いていけない。
大体、一緒に寝るのは良いとして(いや良くないが)、どうして脱がされているのか。
風呂はどうした!?
歯磨きもしていない!!!
大体パジャマはあるのか!?
市丸とイヅルでは体格差があり過ぎる。
何だか混乱して肝心なことを突っ込み忘れているような気がしたが、市丸の一挙手一投足にいちいち突っ込まずにはいられないイヅルは、深く考えることが出来ないでいた。
「なぁ、イヅル」
「はい」
「ボク、寝る時は下着付けて寝ぇへん派やねん」
「え? 気持ち悪くないですか? それ」
「イヅルは下着付けんと寝たことないの?」
「ありませんよ」
「ほな初体験やな」
言うが早いか蹴り捨てられていたズボンの下、下着を思い切り剥ぎ取られた。
「ぎゃぁあああっ!!!」
ブレザーとシャツは全開で、下はすっぽんぽんなんてあられもない姿で、イヅルは悲鳴を上げる。
市丸はあろう事か下着をそのまま向かい壁に放ると、手を伸ばして下半身を隠そうと縮こまるイヅルに布団を掛けて上から抱きついた。
「イヅルは可愛えなぁ。そない悲鳴上げんでも、ボクしかおらんやないの」
「何考えてるんですかっ!!! 大体男の服脱がして喜ぶなんて市丸さんてホ…ホ」
「ボク女の子大好きやで」
ホモじゃないのかと言おうとして、牽制されたイヅルは涙目で睨む。
「じゃあ何でボクなんかと一緒に寝たがるんですか?」
「そんなんしゃーないやん。イヅルは男やねんから。ボクかて協力して貰うんが可愛い女の子やったら、その方が嬉しいわ」
「え?」
イヅルの動きが一瞬止まる。
―――じゃあ本当に分かり合う為だけに?
ショックだった。
いや、ショックを受けている自分にショックだった。
名前を聞かれて、その場限りと思っていた『また会おう』は衝撃の再会で。
幻想的な桜の下で出会った紳士的な天下のSS学園の生徒会長。
その上とても不思議な空気を纏った、今までに会った誰よりも心惹かれた人。
豹変の後も、二人だけの秘密に自分を加えてくれたことに、心躍ったのは本当だった。
―――求められる心地よさに、もしかして僕は驕ってた?
「イヅル? 泣きそうな顔してる」
「え?」
気付いたら市丸が顔を覗き込んでいて、イヅルは顔が熱くなるのを感じた。
「女の子の方が良かった言われて、悲しかったん?」
市丸は笑っている。
イヅルは言い返せずに、潤んでくる瞳で精一杯睨み付けた。
「……っははははははははは」
突然市丸が笑い出した。
布団の上からイヅルの身体をぎゅうぎゅう抱き締めてくる。
「い……市丸さん?」
苦しくて、訳が分からなくて、イヅルは市丸を呼んだ。
「あー……堪忍、堪忍。苛めよ思た訳やないんよ」
目尻に涙さえ浮かべて、市丸は笑い転げたが、ややあって突然イヅルの額に口付けた。
「ウソやウソ。女なんていらん。イヅル以外なんて誘わへん」
イヅルは真っ赤になって目を見開く。
「イヅルやから誘ったんよ」
市丸が酷く優しく笑うので、イヅルは怒るに怒れなくなった。
不覚にも自覚させられた恋心。
市丸はどう思っているのだろう。
「それってどういう意味ですか?」
酸欠気味で、必死になって言い返したが、市丸はニヤリと笑って、
「さぁなぁ」
布団の中に一緒に潜り込んできた。
「答えになってません」
一つの布団にくるまって、額を付き合わせる。
「告白はもっとムードのあるトコでするもんやで?」
もう一度、額に口付けられてイヅルは黙った。
―――台詞も答えも決まっている告白なんて、アリですか!?
胸中で突っ込んで、腹癒せ紛れの力任せ、市丸のシャツをズボンから引っ張り上げてやった。
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そう言えば、初めてのH噺を全然書いてないやん。
今気付いた。