「今日も同じ弁当かよ」
校舎の屋上で、恋次はイヅルの弁当を覗き込んで眉を顰めた。
「だって昨日の残りなんだもん」
イヅルは唇を尖らせて、でもそれ以上は反論せずに、辟易した様子で箸を運ぶ。
「昨日の残りってお前、もう五日連続筍ご飯じゃねぇかよ」
「しょうがないだろ。市丸さんが食べたいって言ったんだから」
「五日続けてかぁ!?」
「うるさいな」
イヅルは怒った口調で俯いた。
恋次は隣でブツブツ言っていたが、イヅルにそれを聞く余裕はなかった。
涙が零れそうだったから。
別に続けて五日も市丸が筍ご飯を食べたいと言った訳ではない。
正しくは六日前に、筍ご飯を食べたいと言ったのだ。
それ以来、仕事が忙しいと帰ってこないだけ。
毎日、今日こそは帰ってくるかも知れないと、儚い望みを胸に、毎日筍ご飯を作って待っているだけ。
馬鹿らしいにも程がある。
筍ご飯が食べたいと言った次の日に帰ってこなかった。
それならもう十分時効ではないかと頭では分かっているのだ。
ただ、気持ちが割り切れない。
市丸が帰ってきた時に、食べたがっていた筍ご飯を用意しておいて、喜んで貰いたい。
それだけの為に、意地になって毎日毎日作っているのだ。
そんな自分は酷く哀れだと思う。
愚かしいと思う。
それでももう、膨らみ過ぎて破裂寸前のこの恋心を、留める術などイヅルは持たない。
「ただいま」
返事をする者などいないと分かっている部屋に呟く。
帰り道に寄ってきたスーパーで、昨日とそう変わらない食材を冷蔵庫に仕舞う。
今日も筍ご飯の予定。
イヅルは八歳からこの不毛な恋を続けている。
八歳の夏、両親を事故で亡くした。
そこそこ良い家庭で育ったイヅルは、しかし親族には恵まれなかった。
両親をいっぺんに亡くしたイヅルを引き取ってくれる親戚はなく、家と土地と財産だけが人手に渡って施設に放り込まれた。
幼いイヅルに何を言う権利もなく、連れてこられた施設で、金髪碧眼の子供は倦厭された。
自然口を噤み、ショックの大きさに泣くことさえ忘れたイヅルは、孤立して途方に暮れた。
そこへ現れたのが市丸だった。
法学部の学生であった市丸は、当時所属していた教授の事務所のPR活動の為に可哀相な孤児を捜しに来たのだ。
テレビカメラの前で、守ってくれる者の居ない哀れな被養護者を演じてくれる子供なら誰でも良かったのを、偶々イヅルに目を付けた。
何度か理由を訊いたことはあったが、彼は答えなかったので、多分この髪と眼に気が行ったのだろう。
そしてテレビだポスターだ冊子だ何だと散々連れ回されて利用された挙げ句、何故か市丸はイヅルを引き取ってくれたのだ。
あの時、市丸がイヅルに手を差し出して言った言葉を覚えている。
「可哀相に」
と言ったのだ。
「助けて欲しいやろ?」
と。
そして何も答えなかったイヅルの手を待たず、「ついておいで」と歩き出したのだ。
そうしてイヅルは市丸の後を、ただただ必死で付いてきた。
多分その瞬間には、とっくに恋に落ちていた。
世にも愚かな御伽噺のように。
イヅルは溜息を吐きながら、今日も同じ献立を作る。
今日で六日目。
もし市丸が帰ってこなかったら、明日は恋次に何と言われる事だろう。
考えて気が付いた。
明日は土曜だ、学校はない。
恋次にとやかく言われる事だけはなくなった。
そう思った所に、携帯のメール着信音が響いた。
『ごめんイヅル。今日も事務所泊まるからご飯いらんわ。戸締まりちゃんとして良い子で留守番しててな』
イヅルは携帯を抱えて台所にしゃがみ込んだ。
そして声を殺して泣いた。
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や、ちゃんとハッピーエンドですからご心配なく。