Night out -Mimoza-







チーン……と、涼やかな鐘の音が響いて、エレベーターは最上階に止まった。

イヅルは市丸と二人、芸術的に美しくも舌が蕩けるほど美味しい料理を堪能して、部屋に戻ってきた所だ。

市丸がエレベーターを降りるのに付いて歩きながら、イヅルは呼吸困難に苦しんでいた。

食事が終わって部屋に帰ってきたと言うことは、つまり、市丸の言う所の初夜なのである。

これからイヅルは大人の階段を登ってしまおうというのである。

部屋のドアが開かれて、市丸がイヅルを振り返った。

「どうぞ」

左手でエスコートされたイヅルは、ビクリと身体を強張らせ、思わず市丸の顔を見上げる。

楽しそうに微笑む顔は、ちょっと意地悪に見えた。

「〜〜〜っ」

息を詰めたイヅルに、市丸が声を出して笑った。

「あ〜あかん。イヅル、可愛すぎやろ」

「い、市丸さんっ」

既に潤み気味の瞳が、困り果てて頬を染める。

市丸はがちがちの肩を抱くと、寝室までエスコートしてくれた。

しかし、否が応にも目に入るキングサイズのベッドに、イヅルの足は棒になる。

既に心臓はドキドキ言い過ぎて破裂寸前。

市丸はいつものようにスーツを投げ捨てると、ネクタイも放って、ベットの端に腰掛けた。

「おいでイヅル。大丈夫やから」

市丸に呼ばれて、イヅルはやっと足を踏み出す。

軽く広げられた腕の中に、小さく収まると、大きな手が髪を梳く。

「やっぱりよぉ似合うね、そのスーツ。脱がしてまうのが惜しいくらいや」

市丸に贈られたスーツは、青みがかった濃いシルバーで、イヅルの髪と瞳によく映えた。

金髪を梳く指が、時折イヅルの耳に触れる。

その度に、びくびくと跳ねていた肩は、しかしそれ以上動かない指に次第に落ち着きを取り戻す。

「市丸さん?」

「ん?」

呼びかけたは良いが、イヅルは言葉に詰まった。

情けない話しだが、どうしたらいいのか分からないのだ。

俄知識でシャワーは良いのかとか、自分から服を脱ぐべきなのかとか、色々考えてはみるが、さっきから思考は上手く纏まらない。

ただ市丸の体温や、匂いや、確かな感触に、段々心地よくなっていく。

溜息を吐くと、柔らかい声が風呂に誘った。

「一緒に入ろか」

「…………はぃ」

浴室はまたとんでもなく広かった。

八畳以上はあるだろうスペースの端に浴槽があり、中央には別にシャワールームが設えてある。

―――ど、どうしよう?

入り口でまたも迷いの淵に立ったイヅルは、服を脱ぎだした市丸に悲鳴を上げそうになった。

こんな事で一晩耐えられるのかと、自分でも思うが完全に逃げ腰だ。

あっという間に全裸になってしまった市丸を見ていられなくて、イヅルは俯いて壁に凭れる。

「イヅル、覚悟ついたら入っておいで」

市丸は浴槽に歩くと、とっとと身体を洗いだしてしまった。

イヅルは取り敢えずジャケットを脱いで、大事にハンガーに掛けて、シャツのボタンを外し掛けた所で手を止めた。

「あの……」

「なに?」

「あ、あんまり見ないで下さい」

市丸はバスタブに頬杖をついてイヅルを眺めている。

「ケチやなぁ」

「ケ、ケチって」

「分かってる。ゆっくりやり。シャワールームはボク使わへんから、そっち使こてもええよ」

笑いながら市丸は壁を向いてくれる。

イヅルはやっと息を吐いて、気合いを込めて服を脱ぎ捨てた。

それでも市丸と同じ湯船に浸かるのはちょっと気が引けて、タオルで前を隠しながらシャワールームに入った。

金縁に硝子壁、磨りガラスで花の模様の入ったシャワールームは、ちょっと映画みたいでドキドキする。

コックを捻ると柔らかいお湯が頭上から降り注ぎ、取り敢えず髪も身体もゴシゴシ洗った。

しかしシャンプーを流している時、後ろで小さくドアが鳴る音がして、何かがイヅルの腰を抱いた。

「なっ!?」

そんなことをするのは市丸以外にいる訳がないのだが、不意打ちで崩れかけた背を、大きな身体が支える。

そして身体を回されて、深く口付けられた。

「―――っ」

執拗に絡められる舌は、痛いくらいに吸われて、シャワーの湯で滑る市丸の背を掻き抱く。

唾液も水滴も舌も、全部奪われて、熱い肌がイヅルの肌をきつく抱き締める。

シャワーの音がうるさくて、ぼうっとしたままの意識は夢中で市丸の舌を追った。

「っ……ふ、…市丸さん」

呼びかけると痛いくらいに抱き締められる。

肌の触れ合う感触が気持ちよくて、湯で滑る肌に指を這わせる。

「イヅル、好きや」

耳に流れ込む熱い吐息は酷く扇情的で、絡められた足に熱が上がる。

ピタリとシャワーが止まった。

「大丈夫やイヅル。優しゅうしたるから、力抜いとき」

優しい声にうっとり目を閉じて、イヅルはそのまま市丸に凭れた。

力強い腕が痩せぎすなイヅルの身体を抱え上げ、浴室から連れ出す。

ポタポタと水滴が落ちるのも構わずに、ソファに連れてこられたイヅルは、何枚ものふわふわバスタオルに包まれて、思わず笑いが込み上げた。

「市丸さん、こんなにバスタオル濡らして、どうするんですか」

「気持ちええやろ? 風邪引かしたらあかんから、一応髪は乾かそな」

「はい」

くすぐったいくらい、市丸が優しくて、イヅルはさっきの緊張が嘘みたいにリラックスしている。

バスローブを羽織った市丸が後ろから髪を拭いてくれるので、バスタオルを巻いただけのイヅルは目を瞑ってされるがままになる。

「市丸さんの髪は僕が拭いてあげます」

「いらんよ」

「駄目ですよ。市丸さんが風邪引いたら困ります」

イヅルが振り返ると、後ろから抱き締められて、再び唇を奪われた。

「どうせすぐ濡れるから、僕は別にええ。そんなことよりイヅルが欲しい」

膝裏を攫われて、再び抱き上げられたイヅルは、今度はベットの上に降ろされた。

覆い被さる市丸の影で、イヅルの視界が暗くなる。

「笑ってイヅル」

市丸が笑いながら言う。

だからイヅルも自然に笑って、市丸の首に腕を絡めた。

深く、口付ける。

今度は自分からも舌を差し出して、深く、深く交わる。

市丸の手はイヅルの肌をゆるやかに這っていた。

脇腹に流れると、くすぐったいような、何か違う感覚が走って、口付けが濃くなる。

市丸の指が胸の突起に触れると、唾液が顎を伝うのが分かった。

「っう……あ、市丸さ」

薄く目を開くと、昂った市丸の顔が見える。

初めて見る表情に、肌の熱が上がり続ける。

イヅルの唇を離れた市丸の唇は、項から首筋に舌を這わせた。

そして性急な指が胸の突起を弾くと、高い声が零れた。

「やぁっ……ん」

「ええ声」

耳元で囁かれて、ぞくぞくと走ったのは快感だろうか。

イヅルはまだそれが何なのかも分からないまま、市丸に与えられる感覚に意識を集中する。

「っ……市丸さんっ」

硬く起立した胸の飾りに、今度は舌が這わされる。

イヅルは既に絶頂に向かって走り出した身体を抑えようと、身を捩るが、市丸がそれを許さない。

「やっ……あ、市丸さん、僕、だめっ……っ」

初めての強い刺激に、びくびくと戦慄いた身体は限界。

「そない気持ちええ? イヅル」

意地悪な囁きにも答えている余裕はない。

未だ触れてもいないそこが、既に濡れているのが分かって、市丸は擦り上げて熱を出させてやった。

「―――っぅ」

イヅルの精を掌で受けた市丸は、荒い息を吐く身体が落ち着くまで髪を梳いて宥める。

弛緩した身体で市丸を見上げるイヅルは、これ以上もないほど艶めいている。

市丸の内心もかなり葛藤しているのだが、それはおくびにも出さず、怯えやすい身体を抱き締めた。

「市丸さん」

細い呟きに、額にキスを贈る。

「大丈夫か?」

囁きに、イヅルは愛おしげに目を細めた。

「大丈夫です」

「ええ子やね、イヅル。ちょっと我慢やで?」

ふわふわと浮いたような頭で、イヅルは市丸の言葉がよく分からない。

それでも足を高く持ち上げられて、ドキッと高鳴った心臓で緊張がぶり返した。

市丸の指が熱を放ったばかりのイヅルに触れて、滑るように後ろの小さな入り口を撫でた。

「〜〜〜っ」

「イヅル」

呼び掛けは穏やかで優しい。

目を開くと、大好きな市丸の顔が目の前だ。

「力抜き。大丈夫やから」

ぬるぬるした感触に、どうしても強張ってしまう身体から、必死で力を抜く。

すると、イヅルの中に市丸指が滑り込み、違和感にまたびくりと力が入ってしまう。

それでもまた必死に力を抜いて。

それを何度か繰り返していると、段々と市丸の指が抜けるたびに小さな入り口が収縮を繰り返すようになった。

「イヅル、ちょおジェル塗るで?」

「ん……え?」

枕の下から取り出されたジェルに、イヅルはまた少し怯える。

それでも潤いを増したそこの抽送はずっと楽になって、イヅルは市丸の指の感触に段々と熱を高めた。

「イヅル」

市丸の声も熱い。

「ボクのも触れて」

市丸の手に導かれた彼の熱に、イヅルは指を絡める。

熱くて、自分を欲しがっているのが分かって、怯えていた心が強くなる。

「市丸さん。僕の中……来て下さい」

「……っ」

市丸が息を詰める。

イヅルは手の中の熱が大きくなった気がして、思わず息を呑んだ。

「ええん?」

最後の問いかけに、イヅルは必死で頷いた。












「―――っ、ぃいっ……っう」

市丸が入ってくる。

熱が、身体を裂いていくのが分かって、イヅルはシーツを無茶苦茶に掴んで耐えた。

限界まで開かれた入り口が引きつっている。

それでもまだ市丸は収まり切らなくて、もう駄目だと思った時、それはずるりと奥まで入ってきた。

余りの痛さに声も出ない。

それでもイヅルは目を開いて市丸を見た。

「っちま、るさん。好き」

強張る舌で告げると、キスが与えられた。

ゆっくりと腰が揺れる。

その度に繋がった部分から衝撃が走って、言いようのない感覚にシーツに爪を立てた。

「イヅル、動くよ」

「はぃ」

ゆっくりと、優しく、けれど段々と激しくなる抽送に、感覚が麻痺していく。

痛いのか何なのか分からない。

「ああっ……っ……っん、んぅ」

高い声だけが零れて、止められない。

揺れる視界、揺れる思考に、追いつめられる身体。

身体が熱い。

市丸と繋がった部分が灼けるように熱い。

「イヅルっ……っ」

耳元で市丸の息づかいが聞こえて、背中に回した腕で必死に掻き抱く。

「好き」

訴えれば。

「好きや」

熱い答えが返される。

揺れて。

揺れて。

最後の瞬間は、酷く熱い吐息で名前を呼ばれた。
























「イヅル、イヅル、大丈夫か?」

情事の後は酷く甘く……。

そのつもりが、心配そうな市丸に覗き込まれて、イヅルは力無く頷いた。

「……らが、……入らない」

指先まで痺れて、身体が動かない。

市丸が優しく抱き締めてくれる。

とても気持ちよくて、目を閉じると、何だか意識を飛ばしてしまいそうで。

勿体なくて、イヅルはそっと市丸の顔を窺った。

「イヅル、もう限界やんな?」

吐息の問いかけに、「大丈夫、です」市丸の胸に踞る。

「ええよ。まだ明日から休みやし、ゆっくりしよ。後で一緒にお風呂入ろな」

「はぃ」

さらさらと髪を梳く指が気持ちいい。

解け合う体温も、重く怠い身体も、気持ちいい。

愛しさと幸せが胸一杯で、こっそりと盗み見た左手の薬指に光る銀のリング。

どこもかしこも全部市丸の物になった自分が、酷く嬉しくて。

「市丸さん、大好きです」

呟けば、熱い腕が背を抱いた。

「ボクのもんや、イヅル」

幸せすぎて、眩暈がした。



Fin




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長っ!!! 濃っ!! 厚っ!!
エロシーン書くん好きなんがバレバレや(笑)
ミモザの花言葉で一番好きなのは「幸せは成長する」ビバ☆郁ちゃんvv