カウンターに一人、イヅルはノンアルコールカクテルを片手にぼんやりとしていた。
鮮やかな照明が飛び交うホールでは、恋次やイヅルよりは年上の男女が楽しそうに喋ったり踊ったりしている。
別にそんなことをするために来たわけではないので、修兵に挨拶してしまうと、イヅルはあっという間に手持ちぶさたになった。
さっきから恋次は修兵を捕まえて喋りっぱなしだし、イヅルには本当にする事がない。
ふと時計を見上げると、まだ10時前だ。
―――やっぱり帰ろう。
イヅルは恋次に邪魔するなと睨まれるのを知らぬ顔で二人の間に割って入り、もう帰ると伝えた。
「一人で大丈夫かよ」
送ってくれるつもりもないくせに恋次が言う。
修兵はそんな彼の額を平手で叩いて水を持ってくるように言いつけた。
「吉良、悪いな。どうせ恋次が無理矢理頼み込んだんだろう?」
修兵は何でもお見通しらしい。
イヅルは曖昧に笑って、
「阿散井君はどうしても檜佐木先輩に会いたかったみたいですから、恩を売っておいたんです」
多少なり、暫くは縁が続くだろう友人の株を上げてやった。
しかしそこで修兵は真面目な顔になると、イヅルの頭を撫でた。
「それより吉良、お前顔色悪いぞ。保護者とは上手くいってるのか?」
突然の質問に、イヅルは思わず笑顔が崩れる。
「何かあったのか?」
イヅルは不意打ちに堪えきれずに涙を零した。
慌てて下を向いて涙を拭う。
修兵は黙って髪を撫でてくれた。
「俺で良かったら話していけよ」
「はい」
恋次は二人分のグラスを持って、少し離れた所で立ち往生していた。
修兵の案内で、イヅルは二階の個室に座って恋次から水のグラスを受け取った。
修兵は恋次とどうやら頻繁に連絡を取り合っているらしく、筍ご飯の話まで知っていた。
それでカマを掛けてみたらしい。
「お前らしくない事してるなって言ってたんだよ」
修兵は眼をすがめて言った。
「吉良は合理主義者だからな」
そんな性格に似つかわしくない非生産的な行動。
イヅルの恋心は分かる者には分かり過ぎる程に分かり易い。
「告白しないのか?」
修兵はずかずかとイヅルの本心を掘り当てる。
しかしイヅルは不思議と息苦しさに解放される自分を感じていた。
「できません」
一人で悶々と抱え込んでいた時の後ろめたさや罪悪感が感じられない。
薄く笑ってさえいる自分に驚きながら、イヅルは首を横に振った。
「最近、市丸さんはよく女物の香水を移されて帰ってくるんです。恋人か……もしくはそうじゃなくても、彼にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいきません」
絶望の淵に佇むしかできなかった自分を連れだしてくれた、それだけで十分過ぎる程の恩恵を与えて貰った。
「受験が終わったらバイトして、一人暮らしの準備をしようと思っているんです」
「それは保護者に話したのか?」
「いいえ。市丸さんは多分、そんな事する必要ないって言うと思うんです。だから全部用意してから、今までありがとうございましたって、これからは恋人を作って一緒に住んで下さいって、言おうと思うんです」
修兵が向かいで溜息を吐いた。
恋次は神妙な顔で口をへの字に曲げている。
「決めちまってんのか」
「はい」
イヅルは自分の言葉に納得していく自分を感じながら、再び薄く笑った。
そして席を立つと、修兵に向かって一礼した。
「話を聞いて下さってありがとうございました。檜佐木先輩に話せてすっきりしました」
思えば檜佐木がまだ同じ高校に通っていた時、恋次と共に悪目立ちして何かと絡まれていた自分達を、いつも彼は助けてくれた。
卒業しても、まさかこんな形で世話になるとは思っていなかったが、恋次の偏愛に今は感謝する。
イヅルはまだ何か言いたげだった修兵を背に、店を出た。
時刻は11時を過ぎた所だった。
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ここの修兵は夢では別の小説のキャラクターだったんだよ。
桔梗と忍と二葉と一樹と卓也だったんだけど、誰も知らない(と思う)ので変更。
後ちょっと!!!