純潔の懺悔
「その瞳、治るんかな」
カーテンの隙間から光の漏れる寝室で、ベットに寝転がりながら市丸は手を伸ばした。
されるがままにじっとしているイヅルは、掻き上げられた前髪から覗く義眼でじっと市丸を見つめる。
「治りますよ。その内」
「その内ていつ?」
子供のように、待ちきれないと言った感じの市丸がおかしくて、イヅルは小さく笑った。
「その内はその内です。数年は掛かると思いますけど」
「年〜っ!?」
市丸は大仰に驚いて見せ、パッタリと仰向けに倒れると手で顔を覆って嘆く。
「せっかく綺麗な瞳ぇやったのに、何年も元に戻らんやなんて」
「あっと言う間ですよ」
イヅルは興味をなくしてベットの足元に引っ掛かっているローブを手に取った。
「湯を浴びてきます」
「また?好きやね、お風呂」
市丸はまだ寝足りないらしくベットでゴロゴロしたまま口を開くが、イヅルは、誰の所為ですか、と一瞥をくれる。
「市丸さんも入るなら後で入って下さいよ。僕が出てからにして下さい」
「え〜」
頬を膨らませ、不満の声を上げる市丸は可愛らしい。
こういう他愛もない遣り取りに、こっそりと幸せを噛みしめて、イヅルは浴室へと部屋を出た。
市丸が屋敷に戻ってきてからそろそろ一週間。
外見上は以前と変わらない生活が戻ってきたように見える。
色んな事があったとは言え、今が平穏ならそれで良いとイヅルは思っている。
世間は未だ逃亡中の藍染と、彼が盗んでいった秘宝を探して変わらず騒がしい限りなのだが。
「ここまで届かなければそれで良い」
イヅルは独り言ちて湯船に四肢を伸ばした。
何も起こらない、何もない、普通で穏やかな日々が続けばそれで良い。
それが一分、一秒でも長く続いて、市丸と自分が少しでも長く一緒にいられればそれで良い。
イヅルは自分の気持ちの変化に、笑った。
あんなにも拒絶していたはずの政略結婚の相手に、今となっては深く嵌り込んでいるのは自分の方。
それもこれも相手が市丸なければこそと思えば、この巡り合わせにも感謝したい気にもなる。
しかし運命はいつだってイヅルの味方という訳ではないのだ。
市丸と一緒にいられる時間は限られている。
何度キスを交わそうと、何度身体を繋げようと、この結婚に心は認められない。
―――――例え互いに想い合っていたとしてさえ。
湯を掬い上げて顔を拭ったイヅルは、ふるふると頭を振って暗い思考を振り払った。
今はまだ嘆いて悩む時ではない。
まだ十ヶ月はある。
十ヶ月は市丸はイヅルの、イヅルは市丸の伴侶でいられる。
せめてその間くらい、幸せに過ごさなければきっと後悔する。
浴槽を出たイヅルは出入り口に立っていた市丸に気付き、笑って言った。
「僕が出てから入って下さいと言いませんでしたか?」
「言うてたかも知れんけど、守るとは言うてへんよ」
とんだ屁理屈に苦笑する。
裸足の市丸が服のまま浴室に足を踏み入れた。
「濡れますよ?」
イヅルの注意に、彼は楽しそうに笑っただけで返事を返すことも、水撥ねで濡れるズボンの裾を気にすることもない。
「早く出てきて。一人やつまらん」
タイルに膝をついた市丸は、浴槽に縁に腰掛けたイヅルに跪いたかのように見える。
「またするんですか?ちょっとは休ませて下さい」
市丸の絶倫ぶりは嫌と言うほど理解したイヅルだが、それに付いていけるほど体力がない自分も嫌と言うほど自覚した。
辟易した様子で言うイヅルに、市丸は「ちゃうちゃう」と笑う。
「別にせんでもええやん。一緒に庭出よう。腹減ったやろ?庭でお茶しよう」
「はぁ。それでしたら」
湯船を出たイヅルを、市丸は楽しそうにじろじろと見つめる。
「そんなにじろじろ見なくても、見飽きるほど見てるでしょう?」
さっきまでベットで全裸のまま、時間も関係なく絡み合っていたのだからと暗に含ませて言ったイヅルに、市丸は首を振って裸の腰を引き寄せた。
「見飽きることなんてないよ。ないけど」
そこで言葉を切った市丸に、イヅルはちょっと不安になる。
憎まれ口を叩いても、最近は殆ど口から出任せ。
本心とは裏腹な戯言に過ぎないのだ。
しかし市丸の言葉はもっと別意味で予想外だった。
「最近裸にも慣れてしもて、前ほど恥ずかしがらんようなったなぁ……て」
そう言えば。
イヅルは素っ裸で何も身に纏っていない状態のまま、市丸の前にリラックスして立っている。
それは良いのか、悪いのか。
慣れというのは怖いものだな、とも思いつつ、「何を馬鹿なことを」と口は可愛くないことを言っていた。
市丸腕を軽く叩いて解くと、浴室の外へと一人出て行く。
息がし辛かった。
何かが胸を埋めていて、最近上手く呼吸が出来ない。
イヅルは喘ぐように湯気を払うと、よく陽に干されたタオルで全身を拭い、何事もなかったかのように服へと着替えた。
その後を市丸が付いてくる。
気を利かせてくれたらしい執事が市丸の分も着替えを出してくれていて、それに着替えるとイヅルの横に並んで突然話しかける。
「なぁ、何か隠してる?イヅル」
「え?」
イヅルは思わず立ち止まって市丸を見つめた。
「何やさっきからはぐらかそうはぐらかそうしてるように見えんねん」
市丸は腕を組んでイヅルの顔を覗き込むと、「隠し事はなしやで」と釘を刺す。
「イヅルが自分のこと嫌う理由、それは訊かンで待っとくことにしたけど、それ以外は別や。夫に隠し事したらあかんよ」
イヅルは眉を顰めて、しかし自問しても答えは浮かばない。
隠し事……しているだろうか。
思い当たるとすればこの胸の苦しさか。
悲しみにも似た切なさで、名前のない感情が胸を渦巻いている。
しかしれを言葉にする術はなかった。
だから思ったままを口にする。
「隠し事なんてしていません」
「ほんまに?」
市丸は食い下がったが、イヅルにだって分からないのだから、答えようがない。
頷いたのを見た市丸は、溜息を吐いて、けれどその話しはそれでケリにしてくれた。
「ま、ええわ。取り敢えずお茶しよか」
「はい」
追い越して先を歩き出した市丸の後を追いながら、イヅルはずっと自問していた。
この苦しさは何だろう。
この悲しみは……何なのだろう、と。
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それは幸せな時間のはずだった。
市丸が戻ってきた。
元の生活が戻ってきた。
全てが解決した訳ではなかったが、生活は穏やかで平穏。
イヅルの望むそのままの生活であるはずなのに、何故か胸の痛みも悲しみも、日に日に増していくのであった。
それは例えば真夜中に、月光の射し込む中、一人目が覚めて熟睡している市丸の顔を見た時。
はたまた食事中に意図せず、ふと目が合う瞬間など、これと言って他愛もない些細な時に倍増する。
それを自分で止めることは敵わず、無意識にそうなってしまうのだから手に負えない。
愛しいと、好きだと思うのと同じように、悲しくて、切なくてどうしようもなくなる気持ち。
空回って暴走に興じてしまいそうになる感情を押し止めて、何とか平静を装い笑う。
どうしてこんなに余裕がないのだろう。
どうしてこんなに掻き乱れているのだろう。
本来なら満たされているべき時が、今のイヅルには薄氷の恐怖に思えて仕方ない。
市丸の隣は温かい。
とても優しくて良い匂いがする。
なのにイヅルの足元は相変わらず黒い影に覆われて、違う世界に今にも引きずり込まれてしまいそうで、不安になる。
頭のどこかが気持に付いていけない。
その歩幅の合わない歩みに引き裂かれていく痛みを感じて、イヅルは日に日に笑顔を作り物にしていた。
自分でも気付かない内の、それは偽りであったが、市丸はそれを見抜いていたのかも知れない。
あの浴室で『何を隠している』と云った彼は、イヅルの闇を見ていたのかも知れない。
けれどそれはイヅル自身には見つめることの敵わない闇でもあるのだ。
ただ呆然と引き込まれていく悲しみや恐怖に震えているだけ。
どうして市丸はこんな自分を手元に置いておこうと思えるのか、それさえも分からなくなってイヅルは一人で泣くようになった。
誰もいない部屋や、ふとした瞬間、一人になるその時に。
声を殺して、何が悲しいのかも分からないまま涙する。
悲鳴も上げないまま、自分で自分に刃を向けたい衝動に耐えて泣き崩れる。
しかし同時に笑っている。
扉の外で市丸が呼べば、イヅルはいつでも上機嫌な返事がすることもできた。
涙が流れていても、笑って答えることが出来る。
どうして泣いているのと訊かれたら、きっとこれにもまた答えなど見付からない。
軋んでいる歯車に翻弄されながら、それでも毎日、精一杯の笑顔で過ごした。
この幸せは嘘ではなく、イヅルの願いもまたこの時の延々続くことであったから。
しかしその晩、市丸はいつものようにイヅルを見逃しはしなかった。
寝台に腰掛けた彼は、イヅルがソファで就寝前の読書に興じているのをじっと見つめている。
部屋には時計の音と、時折イヅルがページを捲る紙擦れの音だけが響いて、後には何もない静寂が蔓延っていた。
時計が12時を打つ。
本を閉じたイヅルは、顔を上げて言った。
「そろそろ寝ましょうか」
市丸は湯浴み後に夜着に着替えていたので紺色のローブを纏ってベット端に腰掛けている。
しかしイヅルの言葉に応え無かった彼は、どこか不機嫌な風にイヅルを見つめていた。
「どうさかれましたか?」
その常にない態度にイヅルが首を傾げると、「おいで、イヅル」と彼はイヅルを呼んだ。
読みかけの本をテーブルに置いて、同じく夜着にローブ姿のイヅルが近付く。
市丸の前に立つと、彼はイヅルの手を握り込んで訊ねた。
「イヅル、お前は何を悲しんでるんや?ちゃあんとボクに言うてごらん。何が辛い?何が怖い?どうして一人で泣くことがあるん?」
市丸の言葉に、一瞬イヅルは手を引きかけた。
しかし彼がイヅルの顔を覗き込んでいなかった所為で、手を解いてまで逃げる必要はなく、その場に留まったイヅルはただ唇を噛みしめて言葉を選ぶ。
心のどこかでひやりと冷たい刃物の先が、肌に押し付けられているような気分だった。
最初から気付いて欲しくて泣いていたのじゃないかと自問する中、決して悟られるべきではなかったと心が答える。
何と言えばいいだろうかと、苦しむイヅルに市丸は優しく言った。
「口に出してごらん?何考えているかやなくていい。優しいこと言うてごらん。綺麗なこと言うてごらん」
「綺麗な……こと?」
それは思うも寄らぬ提案だった。
「そうや。イヅルはな、多分幸せに慣れてへんのや。だから怖くなる。だから悲しゅうなる。好き、て言うてごらん?愛してる、でもええよ。何でも良い。優しいこと言うてごらん?」
幸せになれていないと言うのは言い得て妙だった。
大体イヅルには『今』が幸せであることは分かっていても、それは『今』だけのものであって、『これから』には相当しない。
次の瞬間には壊れてしまいそうなそれを、憐れんだり惜しんだりする方に忙しくて、『今』でさえとても幸せだと、それを言葉として紡ぐ気にはなれないでいた。
「す……っ」
好き、と言いかけて唇が震える。
市丸に掴まれた指がじっとりと汗をかいていくのが分かった。
どうしてそんな片言の言葉が紡げないのか自分でも分からない。
ただ言えなかった。
言ってはいけないとどこかで理性に制止が入る。
言ってしまっては何かが崩れてしまうのだと言わんばかりに、イヅルの身体はかたかたと細かく震える。
好き、の言葉には本当の匂いがした。
愛してるはもっと酷い。
それは多分イヅルの本当の気持ちだった。
だから言えなかった。
心を繋いではいけない。
その気持ちがどこから来るのか知って、イヅルは死にそうになる。
分かってはいた。
いつかは別れなくちゃならないこと。
この気持ちに報われる時は来ない。
『今』が終われば悉く泡と消える幸せなら、幸せと認めることさえ出来なかった。
「……っ」
イヅルの頬に涙が伝う。
そして思った。
「市丸さんが悪いんです」
泣き出したイヅルに、市丸の顔が上がる。
驚いているような、そうでもないような顔がイヅルを見つめる。
言葉は止まらなかった。
「僕は貴方を、好きになんてなりたくなかったのにっ!!!!」
それは悲鳴の告白だった。
言うと同時に側に崩れたイヅルを、市丸はそっと抱き留めてくれた。
その腕がいけない。
余りに優しすぎたから。
その胸がいけない。
余りに温かくて心地よかったから。
「離れられなくなるっ!!!」
もう泣きながら生きていくのは嫌だった。
市丸のいない生活なんて耐えられない。
幸せに浸れば浸るほど、優しさに触れれば触れるほど、脆く弱くなっていく心が憎い。
どうしてこの幸せを糧に強くなろうと思えないのか。
どうしてこの優しさを糧に強くなれないのか。
どうしてっ!!!
イヅルは市丸の胸を殴りつけて泣いた。
抗っているのはその腕になのか、それとも運命になのか、自分の内に嫌と言うほど染み込んだ隷属精神へのなのか。
分からなかったが、イヅルは抱き締めてくる市丸の腕での中で滅茶苦茶に暴れながら泣いた。
「離さへんよっ!!!」
嘆き狂うイヅルの耳に市丸の声が叫んだ。
「絶対離さへんっ!!好きになったらええ。本当の気持ちを許したり。ボクは知っとるよ。イヅルはええ子や。いつかてボクの事ほんまは大事に想ってくれとった。誰より大事に想ってくれとったよ」
痛いほどの強い力で抱き締められ、やっとイヅルはおとなしくなる。
「ボクなんて勝手に決められた許嫁みたいなもんやのに、イヅルはボクのこと優しいしたらなあかん、大事にしたらなあかんていつも本当に想ってくれとったの分かっとったよ。拒絶しよう想たらもっと冷とうすることやってできたのに、イヅルはいつかてボクの言うこと聴く振りして全部許してくれとった。イヅルはほんまは優しい子ぉや。誰よりほんまは優しい子ぉなんや」
啜り泣きに変わったイヅルは市丸の首に縋り付いている。
震えているのは変わらず、けれど背を抱く腕の力は強い。
「優しく……したかったんです」
イヅルは言った。
「本当はみんなに、優しくしたかったんです。本当は良い子でいたかったんです。本当はみんなのこと好きでいたかった。誰も嫌いたくなかったし、誰も傷つけたくなかった。だけど僕は弱くてっ!!とても弱くてっ!!」
疑うことしか出来なかった。
人は誰も自分のことが嫌いで、嫌われている自分でいることを認めることでなんとか自分を保ってきた。
それはとても汚い、卑怯なやり方だと分かっていたけれど、それが当たり前なのだと思っていた。
それが普通のやり方なのだと思おうとしていた。
優しい気持ちでいるのは、とても無防備で、傷ついて血を流しても誰も助けてくれないと、必死で自分を守る為に嘘ばかり吐いた。
それが自分を貶めても、誰かを傷つけても、イヅルには止めることなど出来なくて。
「好きなんです」
純潔に守られた誓いのような言葉を呟いた。
「市丸さんが好きなんです」
それは心の奥底でずっと、頑なに守り続けてきた汚れない想い。
「好き」
どんな手酷い裏切りにも侮辱にも、決して触れさせることを許さなかったイヅルの聖域。
震える手で市丸を求めたイヅルに、口付けが送られた。
誓いのようなキスは、これが多分本当のファーストキスだった。
それまでのキスは、喩え誰と重ねても変わらない、人形に送るようなキスだったから。
だからこれが最初の、恋人に送るキスだった。
「ん……っ」
舌が絡まって、互いの蜜を奪い合うのは同じなのに、そこに心があるからなのか、いつもとは違うキス。
市丸にだけするキス。
恋人にだけ送るキスだった。
「……んっ、は……ん」
泣いたままの頬を拭うこともせず、唇が離れた隙に覗き合った瞳はとても優しい色。
市丸はいつもと変わらない微笑に愛しさを込めて、イヅルは初めて「愛しています」とそれを認めた。
「ボクも愛してる」
寝台の上に引き上げられて、シーツに背中を押し付けられた時も、イヅルは幸せに胸が詰まりそうだった。
「イヅル、好きや」
市丸の指が肌に触れる度に電撃のような痺れが走る。
甘く疼くその感触に想わず腰を捩ると、誘いの指が内腿へとと滑らされた。
「愛しています」
それは重い鎖のような言葉だった。
「愛しとる」
囁かれる度に身体が重く、寝台に沈んでいく錯覚に陥る。
溺れてしまう。
雁字搦めに絡め取られて。
イヅルは自分を捕らえた狩人の腕に白い肢体をいっぱいに拓く。
熱い楔に貫かれる感触に細く悲鳴を上げながら、死にそうな幸福に酔う。
それはどこか首を絞められて痙攣し出す直前の陶酔のように、イヅルを別の世界へと誘った。
快感の波が押し寄せる。
市丸の動きは激しくて、声を上げることさえままならない。
熱く繋がったそこだけが灼き切れてしまいそうな灼熱に、身体は戦慄き涙が伝う。
「……す、好きっ……ああっ……い、ちまるさっ!!!」
「イヅっ!!!」
何もかもが悦すぎて意識が霞んでいく。
「ひっ……あああっ……あ、イイッ!!」
叫んで縋り付く背も汗に濡れ、几帳面に深爪された指先がするすると滑る。
「好きっ……あうっ……好きで、すっ……あああっ」
向かい合うように貫かれていた身体の下に、市丸の腕が差し入れられた。
背中を浮かされて、肩を掴まれるとより不覚へと結合を促されて、イヅルは呼吸も出来なくなる。
これ以上ないほど市丸を受け入れて、身体中が軋む。
いっぱいに広げられた足は行き場を無くして、衝撃に中を掻く。
シーツの上を腰だけで滑りながら、上下に揺さぶられる身体を必死で支えようとシーツを掴んだ指はさっきから血が滲むほど握りしめられている。
「あああああっ!!!!」
触れられてもいないそこが絶頂に弾けると、内が痙攣して市丸を締め付けた。
「……っ!!!」
どくっ、と熱いものが放たれる。
奥の奥にどくどくと注ぎ込まれて、感覚だけでイヅルは再びイってしまう。
身体中が無意識に震え、快感の名残に攣るように痙攣を繰り返した。
市丸の身体がイヅルの胸に落ちる。
荒い息が間近でゆっくりと満足そそうに吐かれるのを訊いて、イヅルは幸せに酩酊した。
本当はその銀の髪を梳いてあげたかったのだけど、身体中の力が抜けて全く動かせなかった。
「イヅル」
「…………はぃ」
「愛してとるよ」
「…………はぃ」
涙の零れた頬に口付けられて、イヅルは溜息を吐く。
安心したようなその吐息に、市丸の力強い腕がイヅル頭を抱き寄せる。
「このまま寝てしまおか」
それはひどく甘い誘いで、イヅルは小さく頷く。
背後から抱き締めるように、イヅルの内に深く入り込んだままの市丸を感じて眠りに就く。
意識が蕩ける瞬間、もう一度「好きや」と囁いた声に、「離さないで下さい」と祈りを込めて。
両腕ががっちりと、イヅルの身体を抱き締めて雁字搦めに。
到底解くことの出来ない鎖のように、甘く繋げて幸せを彩った。
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わぁーこんなコトしたら(男同士だから)朝起きる前に大変なことになるよ、と言う突っ込みは
吸血鬼だから無いという方向でお願いしますっ!!!(笑)