月夜の夢幻
近頃は夢ばかり見て過ごしている心地のイヅルであった。
それと言うのも毎夜見るあの不思議な美しいあやかしの夢の所為である。
桜の花の元、幼いイヅルは銀色の男と会った。
それは神社の狐のお稲荷さんによく似た顔の男で、今となっては狐に化かされたのではないかと思ったりもする。
小さなイヅルは男に何か言い、男もまたイヅルに何か言い、二人は指切りをして別れる。
何かの約束をした。
でも覚えてはいない。
大体その夢自体、本当にあった出来事かどうかも定かではない。
ただ最近は特に、いやに毎夜の如く夢に見る。
あの男、誰なのだろうとイヅルは思う。
名前を訊いたのかも知れないが、全く覚えていなかった。
ただ強く、何かを約束したと、そう、覚えているだけで。
*************************
授業の終わりに身支度を整えたイヅルは、校門近くに待っていた運転手の青い顔に出迎えられた。
「何があったんだい?」
「ぼっちゃま、大変で御座います。ご主人様のお屋敷に、盗人の予告状が届いたとの事で御座います」
「盗人?」
イヅルは笑い、そして今、もっとも世界を湧かせている盗人の名を口にする。
「まさか怪盗キッドからの予告状かい?」
「はい。さように御座います」
「え……本当にそうなの」
イヅルは少し驚いたが、すぐに元の穏やかな微笑に戻る。
「彼の目的は何だろう。父のコレクションに彼が好みそうな宝石があっただろうか」
イヅルの父はそれは結構な資産家だが、石に興味は薄く、集めていると言えば陶器が殆どだ。
怪盗キッドは別名『宝石専門の愉快犯』とも呼ばれる。
世間の知る彼は、シルクハットにマント、モノクルという一見舞台衣装のような派手な格好で現れ、その犯行の前には必ず予告状が送りつけられる。
そして世界に名だたる高価な石や希少価値の高い石を盗んでは、一定期間経つと持ち主に返却するという。
その義賊的且つ芸術的な手腕には、世論の中にもファンと名乗る者も多い、異色の怪盗だ。
勿論正体は不明。
「まぁ、何にせよ彼は盗むとは言え、後で返却してくれるそうじゃないか。そんなに慌てる必要はないだろう」
車の後部座席に身を沈めたイヅルは、扉を閉める運転手の青い顔に、微笑みで労う。
「しかし……」
「ともかく家に帰ろう。父上も帰っていらっしゃるんだろうか」
「はい。お屋敷は警察関係者が大勢押し掛けておりますよ」
「やれやれ」
イヅルはそちらの方が憂鬱らしく、眉を下げて溜息を吐いた。
運転手はともかく落ち着こうと思ったのか、それ以降は口を開かず、ただしっかりとハンドルを握りしめて、軽快に道路を走る。
程なくして屋敷に辿り着いたイヅルは、玄関先で不機嫌そうに煙草をくわえる姉に出迎えられた。
「お帰りぃ」
「ただいま、姉さん。何だか大変なことになってるみたいだね」
屋敷の庭には何台ものパトカーが所狭しと止められており、黄色いロープがそこら中に張り巡らされている。
屋敷の外にも内にも何人もの制服の警官が出入りし、騒々しいかぎりの光景。
「まるで借金取りに家屋敷を取り押さえられた気分よ」
イヅルの姉、乱菊は眉を顰めて彼女お気に入りのYSL・メンソールの煙を吐き出す。
「父上は中? 怪盗キッドからの予告状だって?」
「そうなのよ。お父様なら二階の書斎にいるはずよ」
乱菊の言葉に、イヅルは「取り敢えず顔を見せて来るよ」家の中に足を踏み入れた。
「ただいま戻りました」
書斎の扉を開くと、イヅルの父、喜助は「ああ、お帰りなさい」と愛用の扇子を片手に微笑む。
「微笑んでいる場合ではありませんぞっ!!」
「あれ、握菱さんじゃないですか」
イヅルは父の隣で声を上げた大男に会釈する。
「お久しぶりです。握菱さんが担当されているんですか?」
握菱テッサイはイヅルの父、喜助の友人である。
警視庁に勤め、犯罪撲滅に身を費やす公僕であるが、その外見はむしろ場末のマッチョバーのパフォーマーかホスト。
「そうです。このテッサイが命を賭けてもお守り致します故、ご心配なくっ!!!」
ぐわっと近付いた顔に、イヅルは思わず仰け反ってそれをやり過ごす。
「いやぁ、頼もしいっすねぇ」
喜助は暢気に笑っているが、テッサイは再びそれを窘める。
「ところで父上」
イヅルは変な汗を掻いた首筋を拭いながら訊ねた。
「怪盗キッドからの予告状、何を盗むと言ってきたんですか?」
「それがまったくもって不可解極まりないのですっ!!」
再びテッサイがイヅルに向かって突進する。
「これこれ」
背中から壁に逃げたイヅルに、喜助がひらひらと薄いピンクのカードを人差し指と中指で挟んで投げた。
『今宵、約束の月が満ちる時、此方夢幻の青玉をいただきに参ります。怪盗キッド』
「青玉……」
イヅルは首を傾げる。
「父上は青玉など集めておられましたか?」
「いんやぁ」
喜助ははたはたと扇をあおいで首を振る。
「青玉ってサファイアのことですよね」
「その通りっ!! ですから不可解だと申し上げているのですっ!!」
テッサイは腕を振り回して大仰なボディーランゲージのまま喋る。
「喜助殿に宝石を集める趣味はありませんっ!!その上怪盗と約束とはっ!!!意味の分からないことばかりなのですっ!!!」
「でも夢幻ってのが引っかかりますがね」
予告状を読み直すイヅルに、喜助が一文を指さした。
「それに約束の月って……何だか気になる言葉が多いですね」
イヅルは少し心配そうに喜助を見上げたが、「だぁいじょうぶですよ。イヅルが心配することはありません」小さな子供にするように頭を雑に撫でられただけだった。
「ともかく、目的の物が分からないのですから、焦っても仕方ありません。それに相手はあの怪盗キッドです。盗まれたところで戻ってきますよ」
あっけらかんと笑って、喜助は「何かお腹空いちゃったんで、おやつ探してきます」と部屋を出ていく。
イヅルも苦笑して、ひとまず自分の部屋へと戻った。
「何だか面白いことになったな」
イヅルはどちらかというと、怪盗キッドの来訪には歓迎の向きが強い。
噂の怪盗紳士を自分の目で見られるかも知れないチャンスなのだ。
自然心は弾む。
警察が行き来するのだけが鬱陶しいが、それも仕方ない。
父の友人であるテッサイは警察官であり、怪盗キッドを捕まえるべき立場の人間なのであるから、それに協力してやるのはやぶさかないと言うものだ。
いつも通りの夕食に、うきうきと弾む表情を隠せず、乱菊に「あんた幸せそうね」と指摘されながらも、イヅルは深夜が来るのを待っていた。
約束の月が満ちる時は不明だが、今宵と言うからには今日の夜の内。
自室から出ないようにとテッサイにきつく言い含められたイヅルは、仕方なしに寝間着のまま窓の外を眺めていた。
春でもないのに強い風が庭木を大きく揺らしている。
ガタガタと窓の鳴る音がうるさくて、イヅルは風を通そうとそっと蝶番を外す。
部屋の中に緑の風が舞い込んだ。
風に攫われた青葉が、まるであの日の桜のように部屋に舞い降る。
一瞬の既視感。
イヅルの前に銀色の男が立っていた。
「今晩は」
緩やかな京訛りは確かに聞き覚えがある。
「あ……貴方、は?」
イヅルは呆気にとられて、夜闇に浮かぶ白いシルクハットとマントに見惚れた。
モノクルに月光が反射して、けれどお稲荷さんのような狐顔は隠せない。
「貴方が……怪盗?」
まさかとイヅルは一歩、後ろへと下がる。
男は音もなく部屋に降り立った。
「約束の物、いただきに参りました」
気取った物言いに笑う彼は、イヅルの夢の記憶と同じ顔。
「約束って……」
あの日の指切り。
けれど思い出せないままの約束のことだろうかと、イヅルは眉を寄せた。
「僕は貴方に青玉をあげると約束したんでしょうか?」
男は笑った。
「そうやで。世界に二つしかない貴重な青玉」
イヅルは困って首を振る。
「あの、僕は青玉なんて持っていないんです。あの時、僕は小さくて、いい加減な約束をしてしまったかも知れませんが……」
けれど言葉は途中で遮られた。
男の指がイヅルの唇を制す。
「ボクが貰いに来たンはイヅル言う名の青玉や」
腰に回る腕。
あ、と思う間もなく、イヅルの身体が宙に浮かぶ。
「え?」
驚いた時には既に、怪盗の腕に攫われて、星空の下に空を飛んでいた。
「わ、わわっ!?」
慌てて男の胸元に縋ったイヅルは、ぶるりと震えて目を瞑る。
「ど、どこ行くんですか!?」
約束は未だ思い出せない。
イヅルは落とされては大変と、ハングライダーのような物で空を飛ぶ怪盗に力一杯しがみついた。
「もちろん、ボクのコレクション・サロンや。君はボクの獲物やからね」
不敵に笑う怪盗に、イヅルは胸をとかめかす。
力強い腕からは、逃げたいだなんて思えない。
むしろ凍えるような夜の冷気の所為にして、イヅルは怪盗の胸に頬を寄せた。
約束は思い出せないけれど、イヅルはそれを覚えている。
疾っくの昔に、自分の心がこの胸内には無かったことを。
あの時、風に散り舞う桜の元で、イヅルの心は盗られたまま。
繰り返し見たあの夢は、心待ちにしていたこの腕の所為。
イヅルは目を閉じて、全てを怪盗の腕に委ねた。
*************************
彼が言ったコレクション・サロンに着く直前、イヅルはマントでそっと目隠しをされた。
お陰でここがどこだかは分からない。
きっと今頃、テッサイを筆頭に、父も姉もイヅルを探していることだろうとは思ったが、攫われたイヅルにはどうしようもないと心で謝る。
マントが払われたのは、室内と分かる暗い空間でだった。
ふわりと払いのけられたマントに、そっと目を開けたイヅルは、未だ怪盗の腕の中に抱かれている。
カチっと言う機械音で、いきなり部屋中の灯りが煌々と灯った。
「―――――っ」
眩しさに思わず手で影を作ったイヅルに、怪盗は小さく笑う。
歩き出した彼は、イヅルに「なぁ、イヅル君。自分、ボクのこと覚えとう?」と訊ねた。
「…………何となくは。でもとても小さくて、何を約束したかまではどうしても思い出せなくてっ!?」
突然腕を離されて、墜ちる、と身構えたイヅルはたぷたぷした感触の上に転がる。
「な、なに!?」
未だ眩しさに慣れない目で下を覗き込むと、手触りの良い紅色のシルクのシーツ。
背後には枕が見えて、つまりここがベットの上だと言うことが分かった。
「ウォーターベット?」
たぷたぷの感触が慣れなくて、上を見上げたイヅルは不意に唇を奪われた。
「ぅん!?…………ん〜〜〜っ」
肩を押さえられてベットに押し付けられる。
強引に入ってきた舌下がイヅルの口腔を余すとこなく暴き立てる。
「っ……ぁあんっ……っ」
濡れた音が響くほど、激しい口吻。
息も継げずに呼吸困難に陥るイヅルは、ただ彼の背に腕を伸ばす。
「っう……んんっ……ぁ」
―――――こんなキス……蕩けてしまいそぅ。
強引で、乱暴で、執拗な口吻に、意識ごと全て貪られる。
「っは……っっ」
どれくらいそうされたのか、舌が痺れて口端に蜜が伝う頃、やっと口吻は解かれた。
「約束……思い出されへん?」
嬉しそうな声にイヅルはとろんとした目を上げる。
首を振ったイヅルに、彼は「まぁ、ええ。その内思い出すよ」と曖昧に言って再び口吻た。
「っ……んんぅ」
彼男の手がイヅルの寝間着のボタンに掛かる。
一つ、一つと緩慢に外されていく指先を見つめて、イヅルは腰を震わせた。
「一個だけ教えたろう」
男の煌めく紅水晶の瞳に、イヅルは切ない恋慕の想いを噛みしめる。
どうして忘れていたのだろう。
いや、忘れていなかったからこそあの夢なのか。
「ボクは君を気に入ったて言うたんや。ボクの物にするて。せやから君は、もうボクの物なんよ」
彼の腕が腰の下に差し込まれ、一気にズボンと下着が剥ぎ取られる。
あられもない姿を晒したイヅルは、ただたぷたぷと水音を響かせるベットに埋もれて彼を見上げた。
「綺麗青玉の瞳。ボクの物や」
口吻は瞼に。
彼の手袋の指先がイヅルの肌を伝う。
「っあ……やっ!?」
ほんの少し、彼の指が触れた胸先が、針で刺されたように鋭い刺激を覚えた。
「ちょっとキツかった?」
耳元の囁きは、刺激に反して酷く甘い。
「な……なに?」
不敵に笑う彼はシルクハットを部屋の端に飛ばし、ネクタイを緩める。
次いでジャケットも脱いで、それに付随したマントもバッサリと遠くへ放られた。
「可愛いイヅル。気持ち良いことだけしてあげる。心配せんでええよ。ボクは紳士やから」
確かに、彼の仕草はイヅルへの思い遣りを感じる。
柔柔と撫でられる肌が粟立って、甘え声がこぼれ落ちるほど。
「あああっ……んっ……っん」
何だか身体がおかしいくらい気持ち良い。
意識が雲に浮くようにふわふわと、イヅルは深く酔ったような視界に彼を映した。
「ど……して……」
どうしてこんな風になったのか、訊きたかったが呂律が回らない。
「痛い思いさしたくなかったから、ちょっと……な」
ふふふ、と笑う彼はイヅルの肌に口吻を落とした。
「あああっ……あっ……やぁ……なんかっ」
「なんか?」
彼の指がイヅルの中心に絡む。
「っ……ああ、何か、も、……いいっ」
くすくす笑いが身体のずっと下の方で聞こえて、イヅルの中心は温かい粘膜に包まれた。
「っ〜〜〜っあああ」
口端を蜜が伝う。
―――――気持ち良すぎてどうにかなりそうっ。
イヅルは初めての快感にすっかり身体を支配されて、ただ感じるままに喘ぎ続けた。
「っ……い、いやっ……あああっ……でっ」
ぴちゃぴちゃと水音が響く。
温かく湿っていて、柔らかく、そして弾力のある舌がイヅルの熱を吸い上げる。
「ああああっ……〜〜〜っ!!!」
びくびくと身を跳ねさせながら達したイヅルは、自分の身体の変化に気付いた。
「や、……なに、これ……っ!!!」
達したというのに、身体の熱は引かない……どころか倍増しになっていく。
水音の響く下肢には未だ彼が舌を絡めている。
「も、離してぇ……っ、お、おしくなっ……るぅぅ」
身体が跳ねるのを止められなくて、イヅルは彼の髪を掴んだまま、背骨が折れるんじゃないかと思うほど反り返って訴えた。
「気持ちええ?」
囁きは冷静で。
自分だけが熱くなっていることに気付いて、頬が羞恥に染まる。
―――――気持ち良い。気持ち良過ぎて、身体が蕩けそう。
耳からも犯されるような卑猥な音。
身体を包むベットはゆらゆらと不安定に揺れて、余計に気が狂いそうになっていく。
「イヅル、痛くない?」
問いかけに、必死で首を振る。
「ふふふ、もう指二本も入ってるんやけど」
言われて、イヅルは恐る恐る下肢を貪る彼を見た。
どろどろに先走りを流し、震えている自分の熱が目に入る。
白濁に口元を汚す彼に、イヅルは喉を鳴らした。
「あ……っ……はっ……分かんな……んんっ」
「なにが?」
イヅルの中で、何かがぐちゃぐちゃと動いて、その衝撃に再び射精感が込み上げる。
「あっ……やぁぁあっ」
「おっと、強すぎやったね」
二度目の射精。
それでも熱は治まらない。
それでも流石に続けざまの解放に、イヅルの熱の戻りは遅くなる。
「な……に、した……の?」
途切れ途切れの問いかけに、彼は再びイヅルの中に埋めた指を動かした。
「ひゃっ……ああんっ」
「慣らしてるだけやで。すぐにちゃんとしたの挿れたるからな」
「ちゃ…とした、の?」
イヅルの目は虚ろだ。
もう疲れ切っていて、頭がまともに回らなくなっている。
「むず痒くなってきたやろう? 後ろ」
彼は言いながら身を起こし、イヅルに覆い被さって、先程から尖って痛いくらいの胸の先を舌で潰した。
「っは……ああ、いっ……あつ……ぃ」
「どこが?後ろが?」
彼の指がイヅルの最も奥まったところを出入りしているのが分かる。
けれど身体はまるでイヅルの意志とは関係なく、それを締め付けるように先程から蠢く。
勝手に腰が揺れた。
「全部」
イヅルは腕を伸ばすと、彼のシャツの背を引き寄せる。
「熱い……よぉ、……何とかしてぇ」
耳元で泣き声を流すと、彼が息を詰める音がした。
「―――――っ、分かった。すぐに気持ち良ぅしたる」
金属音がして、彼がイヅルの腰を抱く。
引き抜かれてしまった指の代わりを求めて、イヅルの後ろはひくついて戦慄いた。
「早……く……なんと、か……して」
楽になりたい一心で、イヅルは再びお願いを口にする。
「イヅル、イヅルからキスして」
彼の囁きに、イヅルは最後まで言葉を聞き終わる前に口吻た。
「んっ……んんんっ」
自分で舌を差し入れ、彼の舌を絡めとる。
何もかもが気持ち良くて、でも足りなくて、何か激しい物が欲しくて、イヅルは必死で貪った。
彼の歯が、イヅルの舌を噛む。
「―――――っ」
薄く目を開けたイヅルに、彼は欲情に色づいた瞳で「挿れるよ」と熱い物をイヅルの奥に押し当てた。
「あ……」
さっきからひくついているイヅルのそこに、彼の熱い滾りが侵入を開始する。
「あっ……あああっ……あああああ〜〜〜っ!!!」
最初に感じた痛みは多分、錯覚なんじゃないかと思うほどの充足感。
「あっ……ああぃい、ぃ気、もち……っ」
ずくずくと最奥まで達した太い物が、イツルの中を満たす。
「痛くない?」
汗に濡れた前髪を掻き分ける優しい指に、「気……もちイッ……っ」啼いたイヅルは、勝手に腰が揺れるのを感じた。
「ほなもっと気持ち良くしたろな」
膝裏を掴んだ彼は、腰を垂直に、顔の横に膝が付くのではないかと思うほどイヅルの身体を開かせる。
「あああ……った、苦しぃ……っ」
息が上手くできなくて、訴えたイヅルはしかし、そんな苦痛さえも悦びに変わる。
彼の腰が上下に動き、イヅルの目の前で水音が淫らに響いた。
「いやぁ……や、恥ずかし……いょぉ」
腕で顔を覆ったイヅルに、激しい抽送を続ける彼の息が掛かる。
「可愛いイヅル、全部可愛いから、顔隠さんといて」
「やら……て、も、……や、恥ずかしっ」
イヅルは首を振って抗ったが、次の瞬間、彼がより一層激しく腰を打ち付け始めたため、衝撃に腕が外れた。
「あああああっ……はぁっ……あああ、うっ……ああっ」
奥まで掘り進められるような、抽送にイヅルは彼の背を掻き抱く。
失ったはずの熱は疾うに下肢に張り詰めて、イヅルは揺さぶりに身を捩りながら喘ぎ続ける。
「ああ、あ、……あ、も……だめぇっ……イッ……ちゃぃ」
「ええよ。ボクもイきそぅ」
彼の息も荒々しい。
「もっと……もっとはやっ……くぅぅ……もっ」
絶頂までは後少し、もうすぐそこ。
イヅルは貪欲に先を求める。
「―――――っ」
「ぅ……ぁぁあああああああっ!!!」
奥に走った奔流に、イヅルは自らも射精する。
どろどろに揺られて、どろどろに感じて、身体も頭もどろどろに蕩ける。
もう瞼さえ開けていられなかった。
荒い息の間に、名前を呼ぼうとして分からないことに気付く。
「か……いとぅさん……名前……」
しかし彼はにやりと笑っただけで、何も答えずにイヅルの瞼に口吻た。
一旦閉じてしまえば、もう開くだけの力は残っていなかった。
******************************
「イヅル様、イヅル様っ!!!」
怒ったような声に、イヅルは唸り声を上げながら答える。
「なぁ〜にぃ〜」
「何じゃありません、もう学校に行かれるお時間です」
「え〜〜もぅそんな時間ん?」
何だか全然寝足りない。
寝返りを打とうとしたイヅルは、瞬間、腰に激痛が走り、悲鳴を上げて固まった。
「どうされましたか?」
落ち着き払った使用人のポーカーフェイスに、イヅルは「こ、腰がっ」とだけ言って青くなる。
―――――き、昨日!?
何もかもが思い出されて、イヅルはぱくぱくと口を開閉しながら冷や汗を掻く。
体中が痛い、重い、怠い。
特に腰と腹は重症の類で、動かさなくても鈍痛が走っている。
そのくせ昨夜散々彼に暴かれ嬲られたんだろう最奥は、未だじくじくと熱を持ってイヅルを苛んでいた。
「ぎっくり腰ですか?」
抑揚のない声にイヅルは「な、何でもない」と愛想笑いを浮かべる。
しかし今日はとても登校など出来そうもない。
「か、風邪引いたみたい。身体中怠くて痛くて」
「特に腰が?」
「う……まぁ、そんな感じで」
布団を引き上げたイヅルは上目遣いで使用人に頼んだ。
「今日一日だけ、学校休んじゃ駄目かな。ウルキオラ」
「さあ……喜助様に訊いてみないことには分かりませんが」
「そこを何とか言い含めてよ」
「はぁ」
やる気があるのかないのか。
使用人ウルキオラは部屋を出ていった。
「はぁぁぁ」
イヅルは盛大な溜息と共に昨夜の記憶を巡る。
昨夜、突然現れた怪盗に連れ攫われ、彼のコレクション・サロンで死にそうなほど善がり狂わされ、多分そこで意識を失った。
彼は盗った物は返す義賊であるから、イヅルのことも、昨夜の内に返却してくれたのだろう。
痛い思いをした覚えはない。
むしろ有り得ないような快感にひたすら溺れさせられた。
しかもその怪盗、幼い日に出会ったことのある銀髪狐顔の男で、イヅルの多分無意識下の初恋の人。
約束だとか青玉だとか、結局は10年前、イヅルは彼の物になると約束をしたらしい。
それを果たしに来た彼に、イヅルは文字通り美味しくいただかれてしまった訳で。
―――――いきなりロスト・バージン!?(男の場合もそうなのかなぁ?)
まさか父親や使用人に言える訳もなく、イヅルは布団を被ってこれからのことを考えた。
もしかしたらこれっきりかも知れない彼の来訪は、しかし再会の可能性も無くはない。
なにせ彼は、『ボクは君を気に入ったて言うたんや。ボクの物にするて。せやから君は、もうボクの物なんよ』と言ったのだ。
「彼の物」
名前も知らない、正体も知らない。
だけどイヅルは彼の物なのだ。
その証が体内でズキズキとわだかまっている。
「僕、どうなるんだろう」
涙目で細く息を吐くと、ノックの音と共に喜助が部屋に入ってきた。
「おはよう、イヅル」
「お、おはようございますっ」
後ろにはウルキオラが控えている。
彼が連れて来てくれたのだろう。
「風邪引いたって? どぉれ」
喜助の手がイヅルの額に伸びる。
「おや、ホントだ。酷い熱だね」
ウルキオラを振り返り、喜助は学校に欠席の知らせを入れるよう言いつけた。
「はい」
静かに出て行ったウルキオラの背を見送って、振り返った喜助は笑っていない顔をイヅルに向ける。
「で、何があったんスか?」
「……っ」
イヅルは言葉に詰まる。
即バレか……。
目許まで被った毛布を引き上げて、「怪盗さんが」と、イヅルはそれだけ呟いた。
「ふぅむ。青玉はイヅルのことでしたか」
喜助のリアクションは軽い。
どこまで理解されたのかは分からないまま、イヅルは「でもちゃんと返却して貰いましたし」と告げる。
しかし喜助はぶんぶんと首を振って、「盗まれちゃったんでしょ?ハート」と顔に似合わぬウィンクを寄こした。
イヅルの顔が赤くなる。
「それに、これですからねぇ」
そう言って喜助が懐から取り出したカードは、怪盗キッドからの物だった。
『夢幻の青玉はいただきました。いずれ再び、全てを攫いに参ります。怪盗キッド』
イヅルは煩くて仕方ない鼓動をパジャマの上から抑える。
「ま、イヅルがそれで良いンなら良いんスけどね」
喜助の手が雑にイヅルの頭を撫でる。
「大した怪盗さんですねぇ」
呟きは日に溶けて、月夜の夢幻は露と消える。
イヅルはチクリと痛んだ右胸の先端から、身体中に甘い痺れが走るのを感じて、この痛みと痺れが消える前に、もう一度彼に攫われたいと、こっそりと願いを呟いた。
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銀髪狐顔は市丸さんです。
何か色々ごめんなさい<(_ _)>