月夜の夢幻 2
「―――――て、何でいるんですか!?」
イヅルは布団の中から、出来るだけ小声で叫んだ。
性懲りもなく白マントをはたはたと靡かせた怪盗は、にこにことイヅルの部屋に立っている。
「"いずれ再び"じゃなかったんですか?」
イヅルが怪盗によって攫われたのは昨夜の話だ。
一晩と空けず現れた怪盗に、イヅルは困惑と、それを上回りがちな喜びの表情で彼を迎える。
「えー、やってイヅルはボクの物やのに、毎日逢いに来たらあかんの?」
「……いえ、そう言う訳では」
イヅルはベットに埋もれたまま、毛布を目許まで引っ張り上げてボソボソと言い訳する。
彼はイヅルの眠るベットの端に腰掛けると、「身体は平気?」と訊ねた。
「……ちょっと怠いですけど、多分明日は普通に学校に行けると思います」
「そら良かった」
怪盗は笑う。
「あの」
イヅルはずっと、昨晩から気になっていた問いを口にした。
「怪盗さんの正体……せめて名前、何と呼んだらいいですか?」
シーツに埋もれたイヅルの手が、彼によって掬い上げられる。
その指先にそっと口吻をされて、イヅルはドキッと怪盗を見上げた。
「イヅルはボクの味方になってくれはる?」
優しい笑み。
イヅルはときめいて仕方ない胸内を隠しながら、「僕は貴方の物なんでしょう?」と逆に問い返した。
「だったら貴方の味方ですよ。貴方を売ったりしません」
名前も知らない怪盗に笑いかけて、くすぐったそうに首を竦める。
「ほな教えてあげよう」
さらさらの銀髪は闇にあっても綺麗なまま。
怪盗は不意にイヅルの瞼を閉じさせた。
「明日、お昼間逢いに行くよ。でもボクのこと、誰にも言ったらあかんよ?」
「はぃ」
囁きに頷いて、彼の指が退いたと同時に目を開ける。
「あれ?」
イヅルは一人、暗い部屋の中で横たわっていた。
身を起こし、彼が入ってきた窓を見ても、ぴったりと締められたまま、何の痕跡もない。
昨夜の無体な印象が強すぎて、まさかこんなにあっさり消えるだなんて思っていなくて。
イヅルは物足りなさにほぞを噛む。
―――――もうちょっと長居していけばいいのに。
無茶なことを思ったりして。
―――――明日の昼間……。
それでも再会の約束を交わしたことを思い出し、一人赤面する。
―――――早く明日にならないかなぁ。
どうやって逢いに来るのか、イヅルはドキドキと期待に胸膨らませながら、眠れない夜に鼓動を数えた。
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「おはよう」
次の日、登校したイヅルはクラス中の話題の的だった。
「吉良君、家にキッドが現れたんだって?」
「見た? どんな奴だった?」
キッドの予告状が届いたことは世間の知るところとなったが、今回の彼の目的が何だったのかまでは、父である喜助と、本人であるイヅル以外は知らないこと。
勿論、イヅルはそれについては何も語らず、ただ曖昧に「眠っている間のことだったから僕には分からないんだ」と笑ってやり過ごした。
「マジかよ。勿体ねぇ〜」
本気で残念そうな級友達に苦笑を返しながら、イヅルはそんな事より昨夜の約束が気になって仕方ない。
―――――昼間って学校の後のことかな。登校途中にはそれっぽい人いなかったし。
イヅルはドキドキと、朝からそればかり考えている。
いや、実際には昨夜、怪盗が去った後からずっと、眠れない夜に彼のことばかり考えて過ごした。
しかしいつも通り、午前中の授業は始まり、時間は緩やかに流れ、気付けば昼休憩の鐘が鳴る時となる。
とても食事どころではないイヅルではあったが、仲良しの恋次と雛森、そしてルキアに誘われて教室で弁当を開いた。
「吉良君、何か疲れてるね」
雛森の言葉に、イヅルは「何でもないよ」と無理に笑う。
理由を説明できない分、訊かれても困ると言うものだ。
「今日午後から身体検査でしょ? 吉良君そのままちょっと保健室で休んでたら?」
「え?」
どきーん、とイヅルの胸が高鳴る。
保健室にはベットがある訳で、ベットで真っ昼間、眠っていたら、もしかしたらあの人が来てくれるかも知れない。
「お前、顔変だぞ」
恋次に突っ込まれ、ちょっぴりイケナイ妄想に浸っていたイヅルは、ぶんぶんと頭を振って正気を取り戻す。
「ご、ごめん。昨日あんまり眠れなくて」
「ほらやっぱり。怪盗騒ぎで気疲れしちゃったんだよ」
雛森はその後も執拗に休むよう勧めてくれたので、イヅルは「その時になってしんどかったら」と言う条件で承諾した。
ともかく全てが上の空のイヅルは、怪盗がどこから現れるのかが気になって仕様がない。
雛森の提案する保健室ベットは魅力的だが、眠っていて見過ごされたらそれこそ悲しい。
昼休憩も終わり、午後の最初の授業は身体検査の為に男女別に保健室へと向かわされた。
前のクラスの男子と入れ替わりに、雛森やルキア達が保健室に消え、イヅル達は隣の控え室で体操着に着替える。
廊下は騒がしい。
担任の「よーし、次、男子の番だぞー」と言う掛け声で、イヅル達は保健室に移動した。
「2B男子です。お願いします」
級長のイヅルが声をかけてドアを引く。
「いらっしゃい。ほな一番さんから順に並んでくれはるやろか?」
「え?」
イヅルは固まった。
保健室の職員机の前、見覚えのある銀髪、狐顔、そして緩い京都弁。
貴方はっ!!!
と叫ぶのは何とか堪えた。
驚愕の表情でフリーズしたイヅルの背後で、出席番号一番の阿散井恋次は「おい、どうしたんだよ」と不審の声を上げる。
「ん? どうしたん?」
銀髪狐顔の保険医は立ち上がり、イヅルの前にその長身をそびえ立たせた。
「顔色悪いなぁ……何や持病持ち?」
イヅルの顔を覗き込み、後ろの恋次に問いかけた男は焦り一つ見せない。
―――――別人!? 勘違い!? 早とちり!?
イヅルは酸欠気味の頭でクラクラしていた。
「あれ、先生、変わったんすか?」
恋次が保険医に素朴な質問をする。
「ん。今日から赴任した市丸ギン言うモンや。よろしゅう」
笑った男はどう見てもあの怪盗そのものだったが、イヅルは言葉を紡げずに俯いた。
「君、ちょっと休んでこか?体調悪いんやんな?」
「あ、こいつ、吉良イヅルってうちのクラスの級長です。何か昨日寝らんなかったらしくて、ただの寝不足だと思うんスけど」
「ほんなら、寝ていったらええよ」
市丸はイヅルの肩を抱き、奥のベットに寝かし付ける。
イヅルは市丸に問いたいことが山ほどあったが、色々不都合なのでおとなしく口を閉じてベットに横になった。
どれくらいそうしていただろうか。
保健室の真っ白な天井を眺めている内、騒がしかったカーテンの向こうが静かになる。
あの保険医は、本当にあの怪盗キッドなのだろうか……。
イヅルは目を瞬かせ、寝返りを打って溜息する。
「お待っとぉさん」
カーテンの引かれる音と共に、保険医、市丸が姿を現した。
イヅルは彼に向きなおり、何と声をかけて良いものか悩む。
いつまでも口を開かないイヅルに、市丸はふふふ、と笑ってベットの端に腰掛けた。
「昨日寝れんかってんて?折角何もせんと帰ったったのに」
「―――――っ!?」
イヅルは勢いを付けて起き上がる。
「あ、あな……あなたっ」
その唇は人差し指で制された。
あの時と同じ。
「約束したやろう?お昼間逢いに行くて」
「じゃあ……やっぱり?」
貴方が怪盗さん?
台詞の続きを瞳で語ったイヅルは、近付いてくる市丸の唇を見つめる。
音もなくぬくもりが重なった。
「誰にも内緒やで?」
イヅルは頷く。
「でも、保険の先生って……本当に?」
「勿論、お昼間もイヅルの側におれるやろう?」
変装上手な怪盗は笑う。
スプリングを軋ませて、ベットの上に上がってきた市丸はイヅルの顔を真正面から見つめた。
「共犯やで」
誓約に瞼を閉じれば、誓いのキスが落とされる。
掛け布団が捲られて、体操着の胸に指が走る。
「……っ!」
市丸の触れた先端に、初めて触れられた時から消えない鋭い痛みが走った。
「まだ感じてる?」
囁きに首を傾げると、「ここ、気持ちえぇやろ?」市丸の指が右の突起を摘む。
「あっやぁ……っ」
針で突かれたような刺激に、びくりと身体を弾ませたイヅルは、思わず大きな声を出してしまった。
「静かにせんと、誰かに気付かれてしまうよ」
笑う市丸は余裕の表情で、イヅルは眉を寄せて困ったように彼を見上げる。
「あ、あの、そこ、何かしたんですか? ちょっと痛いんですけど」
「ああ、インプラント。ちょっとした印を付けただけ」
「……インプラント?」
訝しがるイヅルに、くす、と笑った市丸は、起立したままの突起を舌で潰した。
「あっ〜〜〜っ!!!」
そこから一昨日前に知った甘い痺れが、全身を駆け抜ける。
「だ、……駄目ですよ。ここ、学校だしぃ」
市丸の頭を引き剥がそうと藻掻くイヅルは、身を捩って市丸から逃れた。
「嘘。ここめっちゃ硬くなってる」
ベットの端まで逃げたイヅルは、しかし市丸の手から逃れられず、シャツを引っかけたまま硬く立ち上がっている胸の突起を再び指で摘まれ呻く。
「っ……んんっ」
腰砕けになりそうな快感だ。
市丸はイヅルの身体を支えると、ベットの中心に寝かせて、上から覆い被さるように口吻る。
「ん……ぅんっ」
たった一回の性交ですっかり慣らされてしまった身体は、市丸に悦んで開く。
潤んだ瞳で市丸を見上げたイヅルは、甘い息を吐いた。
「怪盗さん……市丸さんは、大丈夫なんですか? こんな……学校なんかにいて」
「大丈夫。やってここ、ボクの学校やもん」
「へ?」
囁きに素っ頓狂な返事をてしまったイヅルは、慌てて口を塞ぐ。
「市丸さんの学校ってどういう事ですか?」
短パンのゴムに指を引っかけていた市丸は、くすくす笑いでそれを引き下げる。
「やから、この学校はボクの持ち物なんよ。ここの理事長、うちの者やから」
「え、それどういう……ひゃんっ」
露わにされた下肢に、口吻を落とされて、イヅルはびくりと身体を戦慄かせる。
「たかだか一介の泥棒が、世界中飛び回れる訳ないやろう?しかも毎回大掛かりな仕掛け作って。その上盗んだ石やら別段換金してる訳でもない。資金もパトロンもなしで、どないしてそんなデカイ仕事できる思う?」
「〜〜〜っう、ちょ、ちょっと待っ」
喋り終わると同時に銜えられて、イヅルは言葉を紡げない。
濡れた感触に腰砕けに痺れて、甘い喘ぎを漏らすだけ。
「ま、待って、……っ、しゃべ……れなっ」
「ふふふ、素直な身体やなぁ。めっちゃ可愛い」
「ああああっ、そのまま喋ったらっ……だめぇ」
銜えたたまま喋る市丸に、イヅルは制止の爪を立てた。
しかし無遠慮な舌はイヅルに絡み付いて離れない。
まだ生まれて二度目でしか知らない、他人に触れられる感触に、イヅルは簡単に溺れてしまう。
「ええよ、出して。飲んであげる」
「っ……いやぁ……ん、でっ、でちゃ……〜〜〜っ!!!」
一際強く吸われて、強い指に擦り上げられ、イヅルは果てた。
「ど……して」
イヅルは無意識に呟く。
瞳はとろんと蕩けて、捲り上げられた胸の上に寝そべる市丸をぼんやりと見つめている。
「なにが?」
「ど、して……こんな、気持ち、イ、の?」
市丸は笑う。
「気持ち良いのが嫌なん?」
イヅルは困ったように眉を下げ、赤くなりながら首を振る。
「だって初めて、て、痛いんじゃない、の?」
「痛くない方がええやろう?」
「でも……」
それではまるで自分が淫乱だからみたいじゃないか、とイヅルは思う。
一昨日からこっち、イヅルの身体はまるで自分の物ではないくらい快感に溺れ易い。
あっと言う間に流される。
墜ちる。
「恥ずかしい」
呟くと、市丸は笑いながらおでこにキスをくれた。
「イヅル可愛い過ぎっ」
するりと体操着の下に手が這わされる。
「やん……っ」
些細な刺激が急激に身体の熱を上げていく。
市丸の手がイヅルの体操着を脱がしに掛かる。
それを手伝うように腕を上げながら、イヅルはうっりと白衣の市丸に見惚れた。
―――――どうしよう。僕、ホントにこの人が好き……かも。
そんなの疾っくに分かり切っている事ながら、イヅルはときめかずにはいられない。
「市丸さん……好きです」
想いを告げたイヅルに、市丸は瞳を見開く。
驚いたような表情で、けれどすぐに困ったような笑顔になると、「こないな時に殺し文句やなんて、イヅルは困った子ぉやね」長くて甘い口吻をする。
「歯止めが効かんようになる」
切羽詰まった物言いに、イヅルは少し笑った。
何となく、少しだけ、想いの仕返しができた気がして。
「もっと溺れて下さい」
覗き込めば、「あかんって、ホンマに。痛い思いすんのはイヅルやねんで?」市丸は更に眉を寄せて困る。
「何でですか?」
イヅルは首を傾げる。
市丸は何も言わず、ただイヅルの手を取ると、熱の集まった中心へと導いた。
「イヅルが欲しぃて止まらんくなる」
流し込まれる囁きが熱い。
触れた硬いものに、イヅルは唾を飲んだが、「市丸さんの物にして下さい」自分から腰を擦りつけた。
「…………悪い子ぉやなイヅル。ちゃんと責任取って貰うで?」
双丘の合間に指が這う。
イヅルは夢見心地で「お願いします」と囁いた。
*********************************
結局、保健室で事に至ったイヅルと市丸は、そのまま最後まで結び合った。
一晩空けてとは言え激しい情交に、イヅルはすっかり意識を飛ばして夕方近くまで寝ていたが、下校時間になって、様子を見に来た雛森、恋次、ルキアと共に帰っていった。
後ろ髪を引かれる思いで―――――。
そして一人保健室に残った市丸は、こちらも帰り支度をして保健室を出た。
イヅルの通う護廷学園は創立120年を数える名門私立校であり、幼稚舎から大学院までの充実した教育を誇る生徒数総勢三万名を越える一大マンモス校である。
私立の雄として数々の名士、学者を輩出し、社会的にもその貢献度の高さから常に注目を浴び続ける学閥だ。
その長たる理事長、山本元柳斎重國は世界に名だたる大財閥の一人で、巨万の富をこの学園の運営、及び管理に費やしている。
市丸は高等部の校舎を出ると、教職員の宿舎や理事長の私邸へと繋がる特別棟に足を踏み入れた。
そして誰にも見付からないまま最上階に設えられた理事長室にやってきた市丸は、ノックもせずにドアを開ける。
「誰じゃ!!」
剣呑な声が出迎えたが、後ろ手にドアを締めた市丸の姿を認めると、
「ぼっちゃまぁぁああああああああっ!!!!」
重厚な机を前に座っていた護廷学園理事長、山本元柳斎重國は様相を崩し、感涙にむせび泣く勢いで市丸の足元にしがみ付いてきた。
「じぃ、そないくっ付いたら鼻水付くやん」
ひしと御足を抱かれた市丸は呆れた声で言う。
しかしヒートアップした重國は留まることを知らない。
「ぼっちゃまぁぁああっ!!!ああ、市丸家二十代御当主ともあろうお方が一介の保健医になどっ!!お体は大丈夫ですか!?お元気ですか!?教職員虐めになど遭ってございませんくぅわぁぁああっ!?」
大洪水の顔で覗き込まれ、市丸は思わず仰け反って逃れた。
「初日から教職員虐めてなんやの。平気やって。何も心配ない。上手くいってるから」
市丸の言葉に、重國はやっと落ち着きを取り戻したらしく、一歩離れたところでしなを作って崩れた真似をする。
「突然保健医になどなりたいなどと仰有られて。あのような少年一人、ぼっちゃまが保健医になどならずとも、この元柳斎重國に一言言って下されば、如何様ともぼっちゃまのお気に召すよう調教してお屋敷までお届けに参りましたのにぃっ!!!」
「おいおい」
市丸は大汗を掻いて突っ込みに回る。
「あの子ぉはボクが惚れた子ぉやねんから、自分で何とかするよって。いらんことせんとって」
「左様で御座いますか」
しくしくとハンカチを銜える涙もろい元柳斎重國、こと『じぃ』に、市丸は笑いかける。
「そないな事より仕事や。『イヅル』が手に入ったからな、次からが本当の仕事やで」
「はっっ、では藍染、東仙、檜佐木を召還致しますっ」
「ああ、頼むで。次の獲物はスミソニアン自然史博物館に二週間後展示されるカリオネラ・スター・ルビーや」
不敵に笑んだ市丸は、壁に飾られた絵画に手を伸ばす。
額に触れた瞬間、隠し扉が現れて、靴音高く最新機器の取りそろえられた会議室に姿を消した。
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