初恋の君
ほんまの話、ボクには他人には見えへんものが見える。
いわゆる幽霊言う奴かも知れんけど、それが『自分は幽霊です』言うて名乗った訳やないから分からへん。
ただ世間で言うところの幽霊言うやつと、ちょっと在り方が似とるから、多分そう言うモンなんやろうと思う。
ともかくボクがそれを見えるようになったんは、記憶にないくらい昔のこと。
ほんまに小さい頃は普通にそう言うモンと話しとった記憶さえある。
せやけど何でか漫画みたいに親とか友達にそう言うのが見えるぅ言うて騒いで嘘吐き呼ばわれされた覚えはない。
多分、何となくそう言うモンと、生きとる人間は別モンやて気付いとったんやろうなぁ。
確かに今もそう言うモンと生きた人間は雰囲気からして違う。
見え方も違うけど、感じ方が違うから間違う事はない。
勿論パッと見に見間違ぅたり、話し声として聞き間違う言うんはあるけど、それと対峙した時の空気は生きとるモンと、そう言うモンでは全然違うから絶対分かる。
そして僕はそう言うモンが嫌いやった。
はっきり言って気持ち悪い。
それに怖い。
殴ったり蹴ったりすることは勿論出来んし、ああ言うモンは容赦なしにボクん中勝手に入ってきて同化しよる。
おかげでキ●ガイみたいな行動を取ってもたり、有り得ん夢見たりするから困る。
ボクに死んだ人間をどうこうすることなんか出来ん。
する気ぃもない。
生きとる自分でさえ持て余しとることもあんのに、死んだ人間の面倒なんやよう見ぃひん。
おかげで最近はそう言うモンが見えても無視するようにしとる。
向こうも向こうで、自分のことしか考えてへん奴か、こっちに気付いても、こっちが向こうに気付いとるとは向こうも思ってへんから、ボクがそう言う素振りさえせぇへんかったら、案外これ言う害はない。
そうしてボクは大人になるし、段々そう言うモンも見えんようになるやろう。
せやけどそう決めとっても、未だボクにはそう言うモンが見えた。
お父んの会社の都合で転校した学校にも、幽霊はおった。
そいつはボクが転入の挨拶言う嘘くさい自己紹介しとるときも、やっぱりちらっとこっちを見ただけで窓の外を見つめて動かんかった。
金色の髪。青色の瞳。外人の幽霊か思てボクは席に着いた。
どこに転校したかて授業はおんなし、教室も似たような作りやし、給食もそない変わらへん。
同級生になる奴もみんな似たような奴ばっかしで、名前覚えるんも苦労する。
せやけど誰かてそんなん分かって生きとんのやから、しゃあない言うモンや。
ホンマはみんな退屈なん、無理して諦めて生きとるんが社会言うとこや。
ボクは目新しい転校生言うこともあって、訳分からんといきなり学級委員にされた。
学校のことがよく分かるて、早く慣れられるて、選挙が面倒なった担任の都合の所為や。
全く持って面倒やけど、決まってしもたもんはしょうがない。
転校初日でいきなり面倒起こすんも上手くない思たボクは、放課後残っていきなり教室に貼る馬鹿デカイ時間割表を作らなあかんことになった。
アホらしてかなわん……。
こんなんやっとったら4時半からのドラゴンボール始まってまうやんか……。
********
ボクが苛々と一人で時間割表を作っとる時やった。
ふと机の端に金髪が揺れて、ボクは思わずそのつむじを見つめてしもた。
綺麗やなって、単純に見惚れる。
すると金髪は顔を上げて、ボクの顔をじっと見てきた。
実質的には見つめ合っとる言うやつなんやろうけど、端から見たらボクは多分教室の床に魅入ってるオカシな奴やろう。
せやけどそこに人間はボクしかおらんで、幽霊もソイツしかおらんかった。
「見えてる?」
ソイツは喋った。
幽霊に喋る奴がおるんは知っとったけど、こない可愛い声で喋られたんは初めてやった。
ボクは一瞬呆気にとられて、コイツほんまに幽霊やろかと目を疑う。
首を傾げたソイツは、不意に目を伏せると、ふ、と消えてまた窓の近くのいつもの場所に戻ってしまった。
ボクはそれを目で追いながら、口を開く。
「見えとるよ」
せやけどソイツは振り返らんかった。
足をぶらぶらさせて窓の外を見たまま、ぼんやりと身体が透けている。
幽霊言う奴ははっきり言って我侭自己中の権化みたいなモンや。
こっちの都合はお構いなしに、自分等の都合だけで存在しとる。
せやから無視されるンも別にいつものこと言うか、当たり前のことやってんけど、ボクは席を立つとソイツの前に回り込んで顔を覗き込みながら言った。
「なんや用?」
無理矢理視線を合わせると、ソイツはやっとボクとチャンネルを合わせた。
幽霊と喋るンは多分、空気の振動言う奴は関係ナインやと思う。
せやから大声で叫ぼうが、遠くで呟こうが、チャンネルさえ合っていればそれこそ相手の思っていることまで駄々漏れで伝わってしまう。
今も完璧にチャンネルが合った状態で向かい合ったボクは、ソイツの心境が何となく分かって胸を痛めた。
ソイツはめっちゃ寂しがっとった。
落ちるイメージ。
大人とか子供の残像。
妙に清々しい匂いとか、水の匂いから、コイツがこことは違うどこか遠いところで、朝方に飛び降りて死んだンやって事が分かる。
多分、ずっと苦しんどって、人間関係に……ああ、でも白いイメージがあるし、病院かな。
もしかしたら病気で先がない思て死にたかったんかも知れん。
ともかく自分の意志で死んだけど、生きとる時も、今も、ソイツはごっつい寂しき思いをしたままなんは伝わってきた。
ソイツは僕を見つめ続ける。
よう考えたらボクは、幽霊言う奴とまともに話したことがなかったんを思い出した。
あいつ等は勝手に喋ってくるモンやから、自分から話しかけた場合、どうやってコミュニケーションを取って良いんか分からへん。
「えーと」
話しかけてもソイツはチャンネルを合わせただけで会話はしなかった。
「えっと、なんや寂しいんは分かったけど……ボクどうしようもないし、一緒に死ぬン嫌やし、早ょう成仏した方がええんやない?」
これ誰かに見られとったらかなりボクやばい奴やで……。
頭のどこかは物凄い冷静で、常に客観的に現状を把握して、これからの日常生活に支障が出るような事態に陥らないようにと気を張っている。
狡いな、ごめんな、と思とったら、ソイツははらりと涙を流して泣き出した。
悲しい気持ちが伝わってくる。
勝手に涙腺が震えて、ボクの頬にも涙が伝った。
これがキ●ガイみたいやて思うンやけど、ボクが悲しい訳やないから止められへん。
こう言う時はボクは幽霊を映す鏡みたいなもんで、向こうの気が済まんかったら泣き止まれへん。
せやからボクは手を伸ばして触られへんソイツの髪を梳いてやる振りをした。
「なぁ、そない寂しいんやったら、生まれ変わっておいでや。そしてボクと友達になろ?生きてる奴としか友達にはなられへん。幽霊やっとっても、自分ずっと寂しいままやで?」
金髪碧眼の幽霊はボクを見上げて首を傾げた。
ごっつい可愛らしい顔や。
ほんまに生きとる奴やったら絶対友達になんのに。
「生まれ変わっておいで」
もう一度言うと、ソイツはこくりと頷いた。
ほんまに通じたんやろか……。
思っとる間にもソイツはいきなり透けていった。
こんなんは初めてやけど、もしかしてこれが成仏するいうやつなんやろか。
「ボク市丸ギン言うねん。ギンや。覚えとって。生まれ変わって人間なったら、絶対仲良うしよなっ」
ボクは慌てて言い募った。
ソイツはどんどん透けて消えていく。
せやけどさっきまで泣いとった顔は笑って、嬉しそうに、消える直前小さく「ギン」と言った。
光る煙が晴れるようにソイツは消えた。
後には夕焼けに染まる教室とボクと作りかけの時間割表が残る。
さっきまでのことはほんまのことやったんやろかと、思わず疑いたくなるくらい全部綺麗になくなってしもた。
ボクは作りかけの時間割表を教卓に置いて、明日先生に面倒くさいて言うことにした。
もう何もする気が起こらへん。
なんせ超常現象と対峙してもうたんや。
テレビ番組一個作れるくらい凄いことやで。
ボクは鞄を持つと鍵も閉めんと教室を飛び出す。
もう四時十五分や。
走って帰ったらドラゴンボール間に合う。
きっと明日はいきなり先生に怒られそうな気ぃするけど、最初からやる気ない奴やて思われとく方が後々便利やからええやろ。
*********
そうしてボクは一人の幽霊と会った。
それはたった一日の一瞬の出来事で、せやけどそれから一生忘れられん出来事でもあった。
なんせボクが可愛いなんて思ったんはソイツが初めてやったし、それから先にそう思う奴が現れることはなくて。
つまりは幽霊に気付かン内に恋してて、気付かン内に好みのタイプになっとって。
今でもボクは探してる。
あの金髪碧眼の、えらい可愛らしかった、寂しがり屋の初恋の君―――――。
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続きを書こうか検討中……ブログの突発小説だったもんでく(*´ー`)