Ghost Sweeper
「阿散井くーんっ!!!」
平和な檜佐木除霊事務所に、朝っぱらから怒声が響き渡る。
二階の私室で寝ていた修兵は、イヅルの大声で目を覚ました。
「っせぇな、何なんだこんな朝っぱらから」
お天道様はそろそろ中天にかかりますと言う時刻だが、昨晩遅くまで酒をかっ喰らっていた彼にはまだ早朝。
それでも寝直す気にはなれなくて起き出すと、一階の事務所で忙しなくパタパタと走り回っていたイヅルが顔を出した。
「あ、檜佐木さん、まだ寝てたんですか!?もうお昼ですよっ!!!」
息を切らして目を吊り上げたイヅルは不機嫌もそのままに怒鳴りつける。
「あンだよ。何怒ってンだ?吉良」
修兵はぼさぼさの頭を掻きながら大欠伸で訊ね、イヅルはこれを見よとゴミ箱を抱え上げた。
「阿散井君がまたっ!!!また不燃ゴミ出してないんですっ!!もう二ヶ月分溜まってるんですよ。不燃ゴミの収集日は二週間にいっぺんしか来ないって言うのにもうっ!!!」
そんなことかよ、と半笑いになった修兵は、「恋次いねぇのか?」と逆に訊ねる。
「いませんよ。トイレにも、お風呂にもいなかったし。玄関に靴もありませんでした」
「まだ帰ってねえのか」
檜佐木の経営するのこの除霊事務所にはスタッフが二名いる。
GS養成学校の大学部での後輩であった吉良イヅルと、阿散井恋次。
二人は別段GS希望ではなかったのだが、檜佐木が事務所を開いたその年、恋次がイヅルを引きずるように雇ってくれと押し掛けてきたのだ。
その恋次は親無しの上に金無しで、アパートも追い出されて現在は修兵の自宅兼事務所のソファで居候中。
イヅルは主に実戦よりも経理担当の事務スタッフとして事務所に通い、修兵のずぼらな家事の面倒なども、目くじらを立てながら見てくれていたりする。
そのイヅルがいつもの定刻に出勤して恋次を見ていないと言うことは、多分昨晩の依頼から帰ってきていないと言うこと。
「何てったってあの恋次が食事時にいねぇ訳ねぇもんな」
階下に漂うチャーハンの匂いに鼻をひくつかせて、修兵は事務机に腰を下ろした。
「昨日の依頼からずっとですか?」
さっきまで怒っていたはずのイヅルが心配そうな声を上げる。
「多分な」
修兵は昨日受けた依頼の用紙を確認しながら答えた。
それははっきり言ってゴミ依頼だった。
依頼人は町役場の役人で、幽霊が出ると噂の道を調査して欲しいという曖昧なもの。
報酬額も雀の涙で、法外な報酬を要求する代わりに危険度の高い依頼をこなす修兵の所に届けられるにはミスマッチな依頼だった。
だから恋次に行かせた。
「その幽霊って何か実害が出ているんでしたっけ?」
イヅルが心配そうに机の前で修兵を見つめる。
「や。何でもあそこら一帯を範囲に下着泥してた男が半殺しで転がってたとか。夜遊び帰りの女子高生が早く帰れと怒鳴られたとか。えーと……後は爺さんが一人、自分の死期を予言されたとか」
「はぁ……」
イヅルは眉を寄せて呆れた顔をした。
「ま、ともかく大した霊じゃねぇと思うんだけどよ」
書類を机に放った修兵は行儀悪くその上に足を組んでふんぞり返る。
「腹が減ったら帰ってくるだろ」
修兵の言葉にイヅルは「そんないい加減な」と顔を顰めたが、奥の部屋へと戻っていった。
その時、ガタガタガタンッ!!!という物凄い物音と共に、どさりと何かが落ちる音が玄関の方から聞こえた。
「な、なに!?」
子犬のような悲鳴を上げたイヅルを後目に、修兵は玄関に向かう。
妖しい気配がないことを確認してドアを開けると、ぼろぼろになった恋次が粉袋のように落ちていた。
「恋次!?」
修兵はその息があるのを確かめると、肩に担いで事務所の中へと連れ込む。
「ひゃっ、あ、阿散井君!?」
イヅルも真っ青になって、パタパタと救急セットを取りに走った。
「おい恋次っ!!恋次っ!!!」
くったりと眠っているような恋次の頬を叩き、名を呼ぶと、細くだが目が開き、何かを言おうと唇が震える。
「吉良、水だっ!!!水持ってこいっ!!!」
「ええええ、水ぅ!?」
救急セットを床に置いて、イヅルが水を取りに走る。
水を飲ませると、咳き込みながらも顔に少し生気が戻った。
「何があったんだ?」
ソファに横たえ、顔を覗き込んだ修兵に、恋次は「すんません」とまずは謝る。
「実は昨日、例の幽霊が出るって噂の道に行ってみたんすけど……」
恋次の話しではその道で霊体探知機は反応を示さなかったらしい。
それでやはりガセネタなのかと一応周辺を歩いていると、その道の奥に建っている家の蔵で物凄い霊圧を感じたらしい。
そこで家主に断り蔵に入った恋次は、そのど真ん中に奉られた祠を見付け、霊子ゴーグルで確認した。
するとこれでもかというくらいクッキリはっきり鮮明な映像で、狐顔の着物男が立っているのが見え、開口一番「去れ悪霊っ!!!」と叫んだと言う。
するとその狐顔の男霊は途端にブチ切れ表情になり、「誰が悪霊やねんこの赤狒狒犬っ!!」と叫んで手から白い閃光を放ち、恋次の身体は雷に打たれたようなショックでぶっ倒れ、今の今までその家のお世話になっていたらしい。
「やーもー死ぬかと思いましたよ。マジで」
恋次の言葉に黙って聴いていた修兵は考え込む。
その横でチャーハンをよそってきたイヅルが、「取り敢えずお昼どうする?食べれる?」と恋次に皿を差し出した。
「食べるっ!!!」
万年欠食児童の恋次は掻き込むようにチャーハンを平らげ、更に「おかわり」と皿を差し出す。
「ちょっと、病人が無理しちゃダメだよ」
それでも皿を受け取ったイヅルが注意すると、「晩飯食いっぱぐれたんだ。二食分喰う」と恋次は言った。
「居候が厚かまし過ぎンだよっ!!!」
修兵の拳骨が落ちても、ケロリとした顔の恋次はイヅルのチャーハンで血色も良くなり、完全に復活したようだった。
「ともかくその霊、一度見ておいた方が良いな」
修兵もイヅルからチャーハンを受け取り、こちらはちゃんと机で食べ出す。
「気を付けて下さいね」
その向かいで自分用によそったチャーハンを食べながら、イヅルは心配そうに言った。
「あ?お前も来るんだよ。一応除霊、出来んだろうが」
「えー!?」
イヅルは驚愕の表情で首を振る。
「嫌ですよ。そんな怖い霊。僕は鎮魂専門なんです。除霊は専門外です」
イヅルが得意とするのは地の神や、自然霊に近くなった霊を慰め鎮める鎮魂の術である。
これは偏に宗教関係でなければ早々必要のない力であるが、逆に言えばその才ある者にしか出来ない希少な能力でもあった。
ともかく地の神や自然霊と言った気むずかしいお爺ちゃんみたいな霊達は、礼儀や慣例を重んじる為、気に入った人間にしか同調しないことからそれを出来る者は限られるのである。
「お前の力が必要になるかも知んねぇだろ?ほら、祠だし」
修兵の言葉にイヅルは俯く。
スプーンを銜え、恨めしそうに修兵を見たが、溜息を吐くと「仕方ないですね」と折れた。
「んじゃあ、今晩、まずは下見っつうことで出掛けてみるか」
修兵の言葉に、「俺も行きますっ!」と恋次は叫んだが、イヅルは「えー」と唇を尖らせていた。
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