Ghost Sweeper 2








夜の11時30分。

修兵、恋次、イヅルの三人は幽霊が出ると噂の、道の奥の家の蔵前に立っていた。

元は地主というその家は、住居こそ新しい作りだが、蔵は昔のままということで、古めかしいその建物が月影に浮かび上がる様は結構なホラーだった。

「なななな、なんかやっぱり怖いんだけど檜佐木さん」

イヅルは修兵の背中に隠れるように震えている。

「檜佐木先輩、油断しねえ方がいいっすよ」

恋次は破魔札片手に息巻いている。

修兵は愛用の斬魄刀と握りしめると、「良いかお前ら」と二人に向き直った。

「俺達は喧嘩しに来たんじゃねえ。出来れば平和的に対話でケリを付けたい。破魔札は特に使うな。この仕事、ギャラが少ねえんだから、余計な経費使いたくねえ」

檜佐木修兵、地元ヤクザにもそのあこぎな商売では神と謳われる守銭奴である。

本来ならこのようなゴミ仕事、「他行ってくれ」と血も涙もなく断るところなのだが、いつまで経っても使い物にならない後輩に、時給分くらいは稼いで貰おうと受けてしまったのだ。

「つう訳で、恋次、破魔札は仕舞え」

「えぇええ!?」

イヅルは情けない声を上げたが、恋次は修兵の言う通りにした。

「じゃ、入るぜ。恋次、ひとまずお前は外で待ってろ。また怒りを買うと上手くねぇ」

「えぇええ!?」

恋次は不満の声を上げたが、「じゃあ僕が代わりに残ってあげるよ」と言ったイヅルの要望は通らなかった。

「お前は来い」

修兵に肩を掴まれ、引きずられるように蔵に連れ込まれたイヅルは、ガタガタと震えながら目を瞑り、修兵の腕に縋り付く。

「今晩はぁ」

一声掛けて祠前に立った修兵は、腕時計を見て、そろそろ12時ジャストであることを確かめた。

依頼書に書いてあった被害はどれも真夜中の12時を過ぎる頃のこと。

どうやらこの霊は12時以降が活動時間らしいと踏んでの訪問だ。

「どーもー、昨日の赤狒狒犬の飼い主です。うちの馬鹿犬が失礼しましたー」

修兵が叫ぶと、祠が微妙に淡い光を放ち、どこからともなくその男は姿を現した。

「今晩は。昨日の失礼な駄犬の飼い主にしては礼儀正しいのが来たね」

男は恋次の話し通り、狐顔で長身、ゆるい京都弁を話すかなり高位な霊体。

修兵はぺこりとお辞儀すると、「躾がなってなくてすんませんでした」と再度詫びた。

「ええよ。昨日はボクもやり過ぎた。いきなり悪霊やなんや言われてキレてもて」

男はひらひらと手を振って笑う。

案外話の分かる男らしいとむ踏んだ修兵は、「ところで」と本題の方を切り出す。

「実はこの先の道で幽霊騒ぎが起きてるんですよ」

「ああ。ボク、何度かあっこまで散歩代わりにうろついとったから。なに?それで来たん?」

「ええ、まあ」

修兵は曖昧に頷いて、「それは良いんですけど」と男霊をまじまじと見つめる。

「貴方ほどの高位霊体がこんな所にいるんならもっと早くから色々噂になってたはずが、どうして今頃になってそんな噂が立つようになったんですか?」

男は、ああ、と腕組みの首を振って笑った。

「ボクがここに来たンは一月前やから。それまでこの祠守っとったんは別の奴や。そいつ鬱病でな、おかしなってしもて、病院送りになってんよ」

「なるほど」

修兵は頷いたが、その背で話を聴いていたイヅルは微妙な顔つきになる。

―――――幽霊が鬱病で病院送りって、そんな事あるんだ。

「それじゃあ暫くは貴方がここの守り主になるってことですか」

「ああ。そうやで。ここ地神の祠やから」

確かに、祠は小さいながらも綺麗にされており、強い霊圧を感じられた。

古くから奉られていたまわりの神社が消えて、この神宝だけが祠と共に残されたのだろう。

それを守る主と言うことはこの男霊は地神と言うことになる。

―――――とんでもねぇ相手に喧嘩売ったモンだぜ。

今更ながらに恋次の無鉄砲を思い、修兵は呆れる。

「しかし貴方ほどの強い霊圧の地神では、周辺への影響が大きくないですか?」

「んー……それは分かっとんのやけどなぁ」

地神は眉を寄せて困り顔になる。

「ボク別にここに居着いとかな守られへん言うことないから、別にどこ行ったかてええんやけど。ボクみたい霊圧の地神やどこ行ったかて何や影響してしまうやろ?」

どこ行っても一緒や、と地神は言った。

「じゃあ」

修兵は心中してやったりとほくそ笑む。

実は最初からこれが目的の修兵であった。

「うちの事務所来て下さいよ。うちなら除霊事務所だから結界貼ってありますし、少しは霊圧抑えられます。そんで手が空いた時にでもちょぉぉぉっと仕事を手伝って貰えたらそれでうちは全然オッケーなんで」

これだけ強い霊体に出会えることは滅多にない。

味方に付けて利用出来たらこれ程心強いメンバーはいない、と修兵は手ぐすねひいて笑った。

「んーでもなぁ……特定の人間に手ぇ貸す言うンはあんまり良くないねんけど」

市丸は空中でくるくる周りながら悩んでいる。

「でも影響強いと色んなもの引き寄せちゃいますよ」

駄目押しを語る修兵に、地神の眼が一点を見つめて静止した。

「?」

修兵は視線の先を探ろうと振り返る。

後ろには背中にへばりついたイヅルが未だ震えているくらいで、他には何もない。

どうしたんすか?、と修兵が訊く前に、地神は、すい、と空中を泳ぐと背中のイヅルを覗き込んだ。

「鎮魂覡?」

びくっ、と跳ねたイヅルは、腰を折って修兵の背に隠れながら、「は、はい……」と答える。

「へぇ、こないちゃんとした子ぉ初めて見た」

地神は笑ってイヅルの隣に立つと、手を伸ばして髪に触れる。

「最近の鎮魂覡は粗い思とったのに」

修兵の目がキラリと輝く。

そんな時は大金の皮算用が、現実となって見えた時だ。

「地神さん」

修兵の呼び掛けに地神は顔を上げる。

「うちの事務所来てくれるンでしたらコイツあげますよ」

「ぇぇえええ!?」

イヅルは修兵に掴み掛かったが、「ほんまに?」と地神は乗り気になる。

「こいつ処女だし、生け贄には……つか供物でしたっけ?丁度良いと思いますよ」

「何言ってんだあんたぁぁああっ!?」

真っ青になって悲鳴を上げるイヅルなど、全く耳に入っていないらしい二人は意気投合。

「そう言うことやったらええよ。因みにこの子、前はどうなん?女は経験あんの?」

「ないッス、ないッス。前も後ろも純潔っすよ」

「何でそんなこと知ってんだ、あんたぁああ!!!」

真っ赤になって泣くイヅルの肩を掴んだ修兵は、地神へと、どうぞ、と押し渡す。

どうも、とそれを受け取った地神は、「ほな契約成立言うことで」とイヅルを羽交い締めにすると、そのまま床に引き倒した。

「あ、じゃあ俺は邪魔なんで」

修兵は片手を上げて、「可愛がって貰えよ〜」と言い残すと、足取り軽く蔵を出ていく。

イヅルは「うそぉぉおおおっ!!!」と悲鳴を上げたが、無情にも蔵の戸は重い音をたてて閉まった。





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