結局、雨竜はルキアを応接室に連れて行く事は適わなかった。

日番谷と乱菊により、ルキアはどうでも良い質問攻めに合い、雨竜が「そんな事、今聞く必要があるんですか」と割って入れば、今度は雨竜を対象にくだらない質問攻めが続いたのだ。

そして漸く夕飯近くに解放されたかと思えば、ルキアは他の三人と連れだって食事に出掛けてしまい、断った雨竜は一応、応接室を覗いたのだが、既に部屋は無人だった。





深夜半、点呼も過ぎた時間に、雨竜は単身、寮を抜け出した。

携帯を片手に生徒は立入禁止である教師用の宿舎に歩いていく。

そっと周りを伺い、物陰で待つ長身の影に近づいた。

「……申し訳ありません。彼女に伝言は伝えたのですが」

「ああ、構わないよ。事情は知ってる」

そこに居たのは藍染だった。

人当たりの良い笑みを浮かべて立っているが、雨竜はこの男がどんなに非道な性格であるかを良く知っていた。

「しかし早急に次の手を考えなければいけないね。時間は余りないんだ。彼女の生体データは絶対に必要だ」

闇に嗤う口元は不安を煽る。

雨竜はじっとりとした嫌な汗が伝うのを感じながら、小さく頷いて見せた。

「二度目の失態は受け付けないよ。君のお姉さんのためにも、成功を祈っている」

「……はい」

雨竜は唇を噛んで拳を震わせながら、その場を離れた。








「おい」

闇の中で、突然知った声が呼びかけた。

「っ!? 黒崎っ!?」

「……よう」

宿舎から少し離れた場所で、一護は竹刀を担いで立っていた。

雨竜は一瞬目を白黒させたが、表情を取り繕うとさも鬱陶しそうに眉を寄せた。

「何の用だ。こんな夜中に。外出禁止時間はお互い様だろう。お互い何も見なかった。それでとっとと消えてくれ」

動揺してか、雨竜の口は饒舌だった。

一護は眉を寄せ、月夜を仰ぐと、面倒くさそうに言った。

「いや、俺全部聞いちまったから」

「……っ!?」

雨竜は目を見開いた。

一護は目を瞑って頭を掻くと、盛大な溜息を一つ、

「取り敢えずお前、全部話してみろよ。場合によっちゃ、味方になってやれるかも知れねぇだろ」

雨竜は顔を歪める。

「巫山戯るなっ!! 同情のつもりだったら結構だ。他人が口出す隙間なんて無い」

激昂した雨竜に、一護は舌打ちする。

「お前のためじゃねぇよ。お前の姉さん、井上のためだよ」

「どうして……」

雨竜は絶句した。

一護はやれやれと肩を鳴らすと、「おい、取り敢えず一旦寮に戻るぞ。こんなとこ見付かったらそれこそヤベぇ」一人先に歩き出した。

雨竜は納得できないまま、それでも一護を追わずにはいられなかった。





数分の後、二人は一護の部屋に収まった。

途中で購入した缶コーヒーをお互い持ちながら黙っている。

一護は何から話すべきかと悩んでいたが、雨竜は訊きたい事が山ほどあった。

「黒崎。どうして井上さんが僕の姉だなんて言ったんだ」

数分の逡巡の間に、雨竜はまず一護にカマをかけてみる事にした。

「井上から聞いたんだよ」

しかし答えは思っていたよりあっさりと黒崎の口から語られ、雨竜は余計に驚きに目を見開く。

「お前等腹違いの兄弟なんだってな。最初は確か、何かのついでにうっかり井上が口滑らせたんだ。それが切欠で、まぁ、お前は知られたくないみたいだから黙っててくれって言われたんだけどな」

「井上さんが知ってた!?」

雨竜の驚きように、「何だ!? お前知らなかったのかよ」と一護も驚いている。

「あーまー、それで。何だ。つまり、お前、井上の兄ちゃん助けたいんだろ? どうせ」

一護の質問に雨竜は苦々しげに眉を寄せた。

「しかもさっきの副理事の言葉から察するに、ルキアが絡んでて、しかもお前はあいつに脅されてんのか?」

一護が散文的に真相を語るのに、雨竜はとうとう溜息を吐いて眼鏡を直した。

「まったく。黒崎にはかなわないな」

雨竜は一時、逡巡を繰り返す。遠い目で唇を噛むと、諦めたように話し出した。

「僕は藍染副理事の恋人の息子なんだ」

もともと、雨竜は母子家庭で育った。

母親は束縛を嫌い、結婚という法的手続きを取る事をことごとく拒んで来たので、自然、雨竜という息子が出来ても、彼女は私生児として彼を育てた。

そんな母親が雨竜を宿した時、付き合っていた男は別に家庭を持っていた。

いわゆる不倫関係にあったその男の妻の子供達が織姫であり、彼女の兄、昊であった。

しかしそんな関係も長続きせず、雨竜の母親がその男に飽きて去った後、彼の家も夫の浮気が発覚し、離婚したと風の噂で聞いてはいた。

雨竜が織姫と再会したのは中学の時だった。

兄と共に母親に引き取られたと聞いていた彼女は、母を捨て、兄と二人で暮らしていた。

しかし兄は彼女が中学三年の夏に不治の病に倒れ、現在も療養中。

高額の医療費を、彼女一人で賄えるはずもなく、途方に暮れているのを雨竜は現在の母の恋人である藍染にそれとなく零したのである。

藍染は狡猾な男だった。

井上織姫が実はインハイ2位という空手の才能を持つ少女であったのを目に留め、SS学園への入学を推薦した。

そしてその時、彼女に接触した藍染は不治の病に苦しむ兄、昊の医療費を援助すると話を持ちかけたのだ。

織姫は一も二もなく藍染の話に飛びついた。

そこで契約が交わされたのだ。

『井上織姫は藍染惣右介の保護下に置かれ、一切の権限を彼に寄与する』

簡単な文だが、織姫を縛るには十分だった。

天然の彼女の事、藍染は手放しでの大恩人だ。

彼の言う事ならば何でも聞くという織姫に、嗤ったのは藍染だった。

『君のお姉さんは僕の言う事なら何でも聞くと言っているよ』、と。

雨竜は藍染という男を知っていた。否、知っていたつもりだった。

それが甘かったと痛感したのは今年の春先。

雨竜は彼もまた入学が決まっていたSS学園の経営者、山本財閥の保有する重要機密データの窃盗を手伝わされたのだ。

しかもそれと知らずに。

知った時には後の祭りであったが、藍染は釘を刺すのも忘れなかった。

『この中には井上君のお兄さんの病を治せる新薬のデータが入っている。警察に出頭したければしてくれて構わないよ。だが山本財閥の不祥事に関わる情報だ。きっと闇から闇へと消えて、昊君は助からないだろうね』

「これは僕自身のミスだ。取り繕うつもりはない」

自嘲する雨竜に、一護はポツリと呟いた。

「お前、すっげぇ良い奴だな」

「は?」

雨竜はつい、こいつちゃんと話聞いてたんだろうかと思った。

しかし一護は常の彼らしからぬ強い光を宿した瞳をして、雨竜ににやっと笑った。

「気に入ったぜ石田。俺はお前を助ける事にする」

一護が勝手に納得するのに、雨竜は何故か小さくなってしまった声で呟いた。

「余計なお世話だ」








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一雨っぽくない一雨。