「ちっ、…………してやられたな」
行儀悪く舌打ちをした日番谷は、ソファに四肢を投げ出し天井を仰いだ。
乱菊は溜息を吐いて額を抑えた。
「すみません」
イヅルはつい謝ってしまう。
市丸との推理ゲームを察したイヅルは、日番谷と乱菊に事の顛末を語った。
白哉の事、ルキアの事、不祥事の事、そしてデータが奪われた事。
それでも一応、市丸が犯人を特定している事と、白哉にそれらの情報を開示していない事は伏せた。
判断に迷ったからだ。
「ちげーよ」
日番谷は鼻息一つ、イヅルに向き合うと不機嫌そうに眉を寄せる。
「市丸の野郎、逃げやがった」
言われた意味が分からずに、イヅルは小首を傾げる。
すると乱菊が苦笑しながら補足した。
「イヅル君に怒ってるんじゃないわよ。でもイヅル君を差し出す事で、私達を煙に巻いた。市丸が教えてくれたのはそれで全部? だとしたらちょっとおかしい事があるわ」
「おかいしこと」
イヅルは繰り返して考えたが、何も引っかかる点はない。
乱菊は首を竦めて言った。
「だって理事長は一部の優秀な生徒達を使って、事件の犯人を追求しているんでしょう?」
「はい……あっ!!」
そこでやっとイヅルは思い至った。
市丸は確かに『一部の優秀な生徒達』と言ったのだ。
にも関わらず、この事件の捜索に携わっている人間は、イヅルが知る限り市丸と自分だけだ。
そもそも学園の二本柱である会計部の日番谷が、今まで部外者であった事がまず分からない。
優秀な生徒を募るのであれば、市丸の次は日番谷であるのが必然だ。
「つまり、他に関わっている人間がいるって事でしょうか?」
「そうとは限らねぇ」
日番谷は鋭い視線でイヅルを制した。
「少なくとも市丸の野郎が主体になって動いてやがるんなら、犯人はほぼ特定していると見て良いだろう。でなきゃ駒に骨を折らせるのが奴のやり方だ。だが問題はその薬の方だ。内容的なものの説明は受けてねぇんだろ?」
「は、はい」
「あの野郎は最初から、俺達に伝わって良いだけの情報しか、お前にも与えてねぇんだよ」
イヅルは黙った。
何だか悲しくて。
二人だけの秘密と彼が言ったそれは、何だか小さな絆のようにイヅルには思えていたのに、今は水に落ちた半紙のように脆く崩れて溶けてしまった。
そこへ会計室をノックする音が響いた。
「入れ」
「失礼しまぁーすっ!!!」
元気な断りと共に入ってきたのは織姫だった。
イヅルを見付けると嬉しそうに近づいて、パカッと携帯を開いた。
「吉良イヅル君に市丸会長からお届け物でーす。読んでも良いですか?」
「え? お届け物? 読む?」
イヅルが混乱していると、日番谷が後ろから代返した。
「読め」
「それでは読み上げます」
織姫は深呼吸一つ、大きな声ではっきりと市丸からイヅルに宛てたメールを朗読した。
「マイスイートハニーエンジェル、イヅたんへ」
会計室の空気は凍った。
「生意気ちびっ子と巨乳お姉さんに囲まれて泣いてへんか? 側に居れんくてごめんな。ボクちょっと野暮用があって、今日は帰れそうもないんや。そんで悪いねんけど、イヅたんが寮に着くまでの間、護衛を頼んだから、そん人らと一緒にちゃんと寮に帰って戸締まりして浮気せんと、おとなしゅう待っててな。ご飯食べ行く時はムカツクけどあの赤犬君と一緒に行くんやで? 一人になったらあかん。イヅたん可愛いから、心配で心配でしゃーないわ。出来るだけ早ょう帰ってくるから、ええ子で待ってるんやで。愛するイヅたんの旦那様、市丸ギン。以上です」
イヅルの魂は抜けていた。
日番谷は灰と化していた。
乱菊は腹を抱えて涙を流し、机を叩いて笑っていた。
「そして吉良君の護衛で、斑目さんと綾瀬川さんを連れてきました。ここにサイン下さいね」
織姫は笑顔でイヅルにお届けメモ帳を差し出す。
イヅルは半ば意識を失いながらそれを受け取った。
パッパラ パララ ッパンパン パフッ♪
笑点の音楽が聞こえて、織姫の携帯が点滅した。
「あ、市丸会長から追伸です。読みますね」
イヅルが悲愴な顔で、やめてと叫ぶ前に、織姫はその短い文を読み上げた。
「こん二人はデキとるから心配ない。だそうです」
イヅルは廊下で控えていた一角と弓親に両脇を固められ、引きずられるように会計室を出ていった。
織姫も次の仕事へと退室し、会計室は日番谷と乱菊だけを残して静寂を取り戻した。
「……同情するぜ。吉良」
日番谷は呟かずにはおれなかった。
「でもめちゃめちゃ愛されてたじゃないですか。あのギンが」
乱菊はまた思い出したのか、目尻に涙を浮かべてにやついた。
日番谷が咳払いする。
そこで何とか笑いを納めた乱菊は、シリアスな表情を取り戻した日番谷に気付いて顔を向けた。
「ところで松本」
「はい?」
「お前、市丸の何を知ってる?」
「えぇ!?」
乱菊はビクリと肩を跳ね上げて絶句した。
しかし日番谷の鋭い視線に、やや苦笑すると、「取り敢えずお茶入れ直しましょうか」と席を立った。
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イヅル、頑張れ!!!(笑)