SS学園に着いてからと言うもの、驚きの連続であったルキアだったが、放課後になって更に驚く事態に陥った。
「では、私が学園を案内してやろう」
どこをどうして、どういう理由で(名字が同じだったからか!?)、ルキアを気に入ったのか、朽木白哉、基い『白哉兄様』は学園案内をエスコートしてくだすった。
外に出るとつかつかと運動部を見て回る。
どの部活動もそれぞれその分野で推薦状を受け取ったのだろう天才がいて、素人が突然お邪魔するほど気楽な雰囲気はない。
鼕々とした説明をぼんやりと聞きながら、ルキアはどの部活動も馴染めなさそうだと感じていた。
「何だ。あまり楽しそうな顔ではないな」
突然白哉がルキアに話しかけた。
表情の読めないところは今朝の市丸と同レベルだ。
「あ、いえ。そんなことはっ……。あ、でも私にはその、どの部もレベルが高く、馴染めなさそうだと」
「そうか。初心者にも馴染みやすい部か」
ふむ、と白哉は考え込む。
そんな様でさえどこか浮世離れしたたたずまいだ。
「うむ。あるにはあるのだが、ルキアには合わぬやも知れぬ」
白哉はそう言うと、しかしそれでも一応案内する気にはなったらしく、武道場の方へ足を向けた。
「剣道部だ。我が校で唯一、上手い下手の区別なしに部員が多い部だ」
連れてこられた剣道場は大変立派な建物だった。
しかし問題は中身だ。
和の一軒家風の道場口から上がって、引き戸をくぐると、ルキアは取り敢えず絶句した。
確かに今まで見た部とは雰囲気も面子も全く異なる。
どこか気取った風というか、自分達の世界に入り込んでいた各部の選手達と違い、剣道部の部員達はめいめいが好きなように道場で修練に励みつつ、部活動という時間を楽しんで過ごしているようだった。
しかし顔ぶれは皆、ヤクザ崩れかという人相である。
「おーッス!!ルキアっ!!!」
突然名前を呼ばれ、そちらを見るとオレンジ頭が面を脱いで現れた。
「一護。お前、剣道部だったのか」
「おう。俺ぁ元々剣道でプラチナペーパー貰った身だからな」
汗を掻いて笑う一護はその場の雰囲気に合っているような合っていないような。
確かに初見で感じた人相の悪さは、この剣道部の雰囲気に合っていた。
「おうっ、一護っ!! いつまでも遊んでんなっ」
「いっちーっ。お茶とお菓子ぃっ!!」
ドスの利いた濁声と、小さな子供の声に上座を仰げば、有り得ないような光景が目に飛び込んでくる。
「つるりんとユミチが来ないの。いっちー代わりにお茶とお菓子出してっ!!」
そう叫ぶ幼い声は小柄なルキアよりも更に小さい少女で、彼女の隣にいる所為で異様なほど大きく思える男は顧問なのか、それにしても如何にもあっちの世界の人だった。
「はぁ? んなもん暇そうな奴に言えよ」
「草鹿部長っ!!私巻き巻きが立候補させて頂きますっ!!!」
どうやら小柄少女は部長らしい。
眩暈を覚えながら立っていると、更に貧血を起こしたくなるような言葉が聞こえた。
「ったく、一角の野郎、三日に一度は弓親とふけやがる。男ってのはそんなに具合が良いのかね」
何の……とは訊きたくないルキアだった。
次いで訪れたのは文化部の校舎だった。
部活棟らしい白亜の建物に足を踏み入れると、化学部だ、手芸部だ、茶道部だ、と言った文化部を片っ端から回る。
先ほどよりは落ち着いた気持ちで回っていたルキアだが、ざわめく空気をつんざく悲鳴にびくりと身を竦ませた。
「浮竹先生がまた血ぃ吐いたぁっ!!!!」
白哉兄様は動じない様子だったが、早足で奥の部屋に近寄ると、ノックもなしに扉を開けた。
そこはどうやら美術部だったらしく、大小とりどりのキャンバスに取り囲まれるように、白髪の男が倒れている。
「修兵、急いで卯ノ花先生を呼んでくれ」
「はいっ!!」
酷く慌てた様子の美術部に似つかわしくない二人組の一人が、白哉とルキアにすれ違いざま「悪い」と声を掛けて走っていく。
「誰かそこにいるのかい?」
もう一人の似つかわしくない色黒ドレッドヘアの生徒が此方に声を掛けてきた。
「ああ、一年の朽木白哉と、転入生の朽木ルキアだ。相変わらず浮竹先生は無茶をされるらしいな」
ドレッドヘアは転入生の言葉に納得して、「部活見学だったのだろう?すまないね」と優しく謝った。
「部活見学?」
声は白髪の教師から発せられた。
「それは大変だ。東仙、俺は平気だから、是非美術部の案内をしてやってくれ」
どうやら起きあがれはしないが、本人は至って冷静……どころか慣れているのか気楽そのものだった。
「あ、いえ、お構いなく」
優しく笑うその表情に、ルキアはドギマギと答えたが、心中、やっとマトモっぽい人と会えたと思っていた。
浮竹は血を吐いて床に倒れていたが、その穏やかな空気が麻痺してしまっていたルキアの心を癒してくれたのだ。
「浮竹ェ〜、迎えに来たよォ〜」
やっぱり焦りの見えない声が聞こえて、これまた個性豊かな波々ヘアのヒゲオヤジ(多分教師)が現れた。
「京楽先生!?」
東仙と呼ばれたドレットヘアが驚いている内に、先ほど駆けていった修兵と呼ばれた生徒が顔を出す。
「すんません東仙部長。途中で京楽先生に会って、任せろって言うもんですから」
「浮竹はボクが責任持って保健室に運ぶよ。大丈夫大丈夫、心配しなさんなって」
いつの間にか京楽を見上げていたルキアは、思っていたよりもずっと温かで大きな優しい掌に頭を撫でられていた。
京楽は構わず浮竹に近づくと、「済まない、京楽」と項垂れる彼をお姫様抱っこで歩き出す。
「あ、そうそう。白哉、市丸がルキアちゃんを生徒会室に連れてきて欲しいって言ってたよ」
「市丸が?」
生徒会長を呼び捨てにする兄様は、思案顔で顎に手を当てた。
ああ、それがクセなんだなと、ルキアは見当違いの事を考えていた。
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