生徒会室の前で、白哉は一度ルキアを振り返った。
「顔色が悪いな。転校初日で疲れたか?」
「あ、いえ、大丈夫です。問題ありません」
思い返せば白哉はルキアにとても優しかった。
白い面のような表情の変わらない顔と、凄味を帯びた雰囲気が錯覚を起こさせるだけで、言動は常に優しいのだ。
その事に思い至って、ルキアはやっと、ぎこちなくはあったが白哉に笑顔を返す。
それに安堵したのか、白哉は小さく笑うと、扉をノックした。
「あーーーーっ!!!あかんっ!!ちょう待ちっ!!ちょっとだけ待って!!!」
中から市丸の焦った悲鳴が投げられ、何やらガタガタと物音が続いた。
バチ―――ンッ!!!と人の殴られるような音も聞こえる。
先ほどの穏やかな空気が一転、白哉もルキアも落ち着かない気分になった。
それでも待てと言われた手前、気まずく扉を眺めていると、ややあって、「ええです。入って下さい」と声が掛けられた。
中に入ると、奥の会長机に腰掛けた市丸が左頬をさすりながら二人を迎えた。
ふと部屋を見渡すと、本棚近くの窓をめいっぱい開いて、外に半分身を乗り出した金髪の生徒がいた。
心なしか金髪から覗く耳が赤い。
「……何があった?」
白哉が低く問うと、
「あー、なんもない。なんもない。そんな事よりご苦労さんやったね」
市丸はひらひらと手招いて、入り口付近の応接セットに二人を座らせた。
「ルキアちゃん、白お面男は大丈夫やったか?何も変なことされんかった?」
質問の趣旨が掴めず、ルキアは取り敢えず「はぁ、何もありません」と答えた。
微妙に隣に座る白哉の雰囲気が固くなる。
市丸は表情の読めない顔のまま更に質問を続けた。
「ところで最近、身の回りで何ぞ困った事は起きてへん?」
「いえ」
どうしてこの男はそんな事ばかり訊くのだろう。
ルキアの不信は募っていく。
そこへ「どうぞ」と、先ほどの金髪少年がお茶を差し出してくれた。
柔らかい緑茶の香りで、少し空気が静まる。
「なんや中途半端な時期の、突然の編入生やろ? 絶対なんや不測の事態っちゅーか、困り事が起きそうやと思って心配しててんよ。理事長さんもかなわんお人やで。気紛れの我が侭もええところや。振り回される方の身にもなれ言うんや」
あー嫌や嫌や、と市丸は首を振る。
「会長」
そこで金髪少年が彼を呼んだ。
「おからかいになるのはそこまでにした方がよろしいかと」
「なんやイヅル。ノリ悪い」
ルキアは状況が飲み込めずに眉を寄せた。
「理事長、朽木さんへの事情説明は、市丸会長よりも理事長ご自身でなされた方がよろしいと思います」
「うむ」
ルキアの隣で白哉がまた顎に手をやって考え込んでいる。
「理事長?」
ルキアは訊いた。
白哉はルキアに向き直ると小さく頷いて言った。
「ルキア、お前に話さなければならない事がある」
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そろそろイヅル視点に戻りたいと思います。