一月半前、僕は人生最大の選択を迫られ、好奇心から了承してしまった。
『その賢い頭、ボクに貸して欲しいんやけど、二人だけの秘密、守ってくれる?』
彼はそう言ったのだ。
まさかそれがこんな事になるだなんて……。
「市丸会長、いい加減自分の部屋に帰って下さい」
「えぇ〜、いややぁ」
イヅルの部屋のイヅルのベットで、市丸は書類片手に唸った。
イヅルはパソコン画面に向かったまま、本日何度目かのお願いをしてみた。
しかし結局願いは聞き届けられず、市丸はいつものように本日もイヅルの部屋で寝るつもりのようだ。
イヅルが市丸の味方になると答えてから、彼はイヅルに四六時中べったりなのである。
もちろん学生の身であるから、市丸にもイヅルにも授業があるので、その時ばかりは別々であるが、放課後から翌朝の登校までの間、市丸は片時もイヅルの側を離れない。
快適な学習空間を提供する事に余念のない学園側が折角用意してくれた個室だというのに、イヅルは入学以来、一度も一人で寝た事がないくらいだ。
故にイヅルの部屋には市丸の私物が日に日に増えていく。
イヅルが現在扱っているパソコンも、市丸が持ち込んだ物だった。
―――全く、こんな我が侭で聞かん坊な人だったなんて。
胸中独り言ちて、イヅルは画面の中に目的の物を見付けて市丸を呼んだ。
「市丸会長、見付けました」
「ん」
市丸が起きあがり、イヅルの出した画面を確認すると、愛しそうに金髪を梳いて笑った。
「さすがイヅルや。ええ子やね」
市丸がイヅルに語った秘密は先日、生徒会室で白哉がルキアに語った事に双じる。
朽木ルキアは朽木白哉の義妹に当たる。
事の発端は十八年前に遡る。当時、本名を山本白哉といった彼は、一人の女性と知り合った。
彼女の名前は朽木緋真。
女性と言うにはまだ幼い彼女は、朽木ルキアの実の姉であった。
幼い日、白哉は緋真に淡い恋心を抱いていた。
しかし身分の違いか、住む世界の違う二人は白哉が高校に入る前に別れ別れになってしまったのだ。
それでも白哉は諦められなかった。
父であり、世界の大財閥山本家の主、山本元柳斎重國に逆らい、身分も財産も一切を捨てて緋真を求めた。
そしてつましくも幸せな五年間の結婚生活の後、不治の病に掛かった緋真は、非業にもその命を消し去ったのだ。
そうして独りとなった白哉に、山本老は己の余命を案じてか、はたまた息子への愛故か、家に帰る事を許し、SS学園の経営を含む世界に名だたる山本財閥の一切を譲り渡し、自身は隠居生活へと身を引いたのだ。
しかして緋真には死に際して一つ気がかりな事があった。
妹のルキアの事である。
緋真は両親と三人、幸せな家庭に育ったが、ルキアが生まれてすぐ、両親を事故で亡くし、ルキアとは離ればなれに施設へと送られてしまったのだ。
自分が生活していくだけで精一杯だった緋真は、ルキアの事を気に掛けつつも、捜し出す事すら適わずにこの世を去った。
それでも命の火の消える直前、彼女は白哉にルキアを託した。
『妹を捜し出し、白哉様を兄と呼ばせてやって欲しい』、と―――。
しかし皮肉にも白哉がルキアを見付け得たのは、山本財閥の所有するデータの中からだった。
ルキアは山本老によって保護、基い監視下に置かれていたのである。
それと言うのも山本財閥が経営する孤児院の一つに送られていたルキアが、偶然の間違いから開発途中の新薬を飲み込んでしまい、生死の境を彷徨うという不祥事の渦中にあったからだ。
一つは彼女の身を案じて。
そしてもう一つは近年勢いづいているバイオ産業で、山本財閥の不祥事が明るみに出るのを恐れて。
「私はお前をどうしても側に置いておきたい。しかしこの学園に在る事がお前にとって最も幸せであると思う。私は緋真の分も、お前に幸せになって欲しいと思っている。緋真が側にいてやれなかった分も、私がずっとお前の側にいてやろうと決めたのだ」
一見お涙頂戴の感動シーンではあったのだが、イヅルは何も生徒として側にいる必要はないだろうと、胸中突っ込まずにはいられなかった。
しかしそんな事は露知らず、ルキアは「白哉兄様」と泣いて、義兄の胸に抱かれたのである。
ところがどっこい、この話には続きがある。
ルキアがSS学園に呼ばれたのは、何も自分の経営する学園で白哉がなんちゃって高校生をするためではない。
今年の春先、山本財閥は幾つかのデータを何者かによって盗まれると言う事件に遭っているのである。
しかもそのデータが外部には一切漏らされていない極秘情報であっただけに、データの窃盗には身内の犯行が予想された。
朽木ルキアに関する情報もその一部である。
故に現在、白哉は己の学園の超優秀な極一部の生徒達を使い、犯人の洗い出しに掛かりつつ、自分の目の届くSS学園に急遽強引なやり方ではあったが、ルキアを編入させたのだ。
もちろんルキアにはその事は伝えていない。
そしてイヅルはその事を市丸に聴いた時点で共犯となり、連日連夜、生徒会業務に追われていると見せかけ、実のところ、データ窃盗の犯人捜しに携わっていたのである。
「しかし、この情報、理事長に教えなくて良いんですか?」
イヅルは呆れるように背後の市丸を振りかえった。
「ええ、ええ。どうせ今知ったとこであの白お面、身動き取れんのがオチや。もうちょっと追いつめるネタが欲しい。イヅル、ええか? お前は理事長の味方やない。ボクの味方やで? よう覚えとき。忘れたらあかん」
市丸は嬉しそうにイヅルの髪を梳き続けている。
本当のところ、既に市丸とイヅルは犯人の割り出しにほぼ成功していた。
市丸が予想を付け、イヅルが裏を取り、もはや犯人は籠の鳥。
しかし市丸はどんなに確実な証拠を掴もうと、理事長にそれを教えようとしなかった。
確かに市丸の言うとおり、大財閥の身内の犯行など証拠提出、起訴、処分で簡単に終わる訳がない。
大人は体裁を重んじるものだ。
イヅルは曖昧に納得して溜息を吐いた。
市丸は実際、仕事や学業に於いて、大変優秀な男だった。
しかし私生活に於いて、市丸は、我が侭の聞かん坊で、その上―――
「ほなイヅル、ご褒美あげよな」
言うが早いかイヅルのズボンのチャックを降ろした市丸に、イヅルは悲鳴を上げた。
「いりませんっ!!!」
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それとなく推測すると、白哉兄様は三十代だと思われます。
そしてやっと、藍染登場となりますが、彼は受です。ギン藍なのでお気を付けて!